、よろしく」と、笑いながら寄って来た。
四
翌朝、食事をすましてから、僕は机に向ってゆうべのことを考えた。吉弥が電燈の球に「やまと」のあき袋をかぶせ、はしご段の方に耳をそば立てた時の様子を見て、もろい奴《やつ》、見《み》ず転《てん》の骨頂だという嫌気《いやけ》がしたが、しかし自分の自由になるものは、――犬猫を飼ってもそうだろうが――それが人間であれば、いかなお多福でも、一層可愛くなるのが人情だ。国府津にいる間は可愛がってやろう、東京につれて帰れば面白かろうなどと、それからそれへ空想をめぐらしていた。
下座敷でなまめかしい声がして、だんだん二階へあがって来た。吉弥だ。書物を開らこうとしたところだが、まんざら厭な気もしなかった。
「田村先生、お早う」
「お前かい?」
「来たら、いけないの?」ぴッたり、僕のそばにからだを押しつけて坐った。それッきりで、目が物を言っていた。僕はその頸《くび》をいだいて口づけをしてやろうとしたら、わざとかおをそむけて、
「厭な人、ね」
「厭なら来ないがいい、さ」
「それでも、来たの――あたし、あなたのような人が好きよ。商売人?」
「ああ、商売人
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