「どんな商売?」
「本書き商売」
「そんな商売がありますもんか?」
「まア、ない、ね」
「人を馬鹿にしてイるの、ね」と、僕の肩をたたいた。
 僕を商売人と見たので、また厭気がしたが、他日わが国を風靡《ふうび》する大文学者だなどといばったところで、かの女《じょ》の分ろうはずもないから、茶化すつもりでわざと顔をしかめ、
「あ、いたた!」
「うそうそ、そんなことで痛いものですか?」と、ふき出した。卦算《けさん》の亀《かめ》の子をおもちゃにしていた。
「全体どうしてお前はこんなところにぐずついてるんだ?」
「東京へ帰りたいの」
「帰りたきゃア早く帰ったらいいじゃアないか?」
「おッ母さんにそう言ってやった、わ、迎えに来なきゃア死んじまうッて」
「おそろしいこッた。しかしそんなことで、びくつくおッ母さんじゃアあるまい」
「おッ母さんはそりゃアそりゃア可愛がるのよ」
「独《ひと》りでうぬぼれてやアがる。誰がお前のような者を可愛がるもんか? 一体お前は何が出来るのだ?」
「何でも出来る、わ」
「第一、三味線は下手《へた》だし、歌もまずいし、ここから聴いていても、ただきゃアきゃア騒いでるばかりだ」
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