つて、またおの/\別な苦痛と悲愁とを現ずるのである。ストア派の哲學者はゼノーもセネカも、自由獨立の靈にならうとして自殺を遂げたが、現在に獨立が出來ないなら、その表象である未來に何でまた獨立が得られよう。自殺をするなら、わが國の古武士の樣に、當體に屬する罪の滅しか、または、君主の犧牲となつて、未來と幸福との觀念以外に、潔く臨時の變形[#「臨時の變形」に傍点]を以つて滿足するが善い。解脱と涅槃とを古事つけて來るのは未練である。病めるもの、艱めるものは、如何にも憐むべきではあるが、之に同情し、之を救はうとする餘裕があると思ふのは、自己の本性を僞るので――加藤博士の愛己説は、たゞ普通の究理的形式を以つて説いてあるのであるが、僕の刹那觀から云ふと、博士の所謂愛己の變形なる愛他をも許さないのである。自我の眠つて居る時、非我なる假定物の見えよう筈はなし,また、自我の覺めて居る時、之があるとしても、之を救ふまでの餘地がない[#「自我の眠つて居る時」〜「餘地がない」に傍点]。解脱と涅槃とは、直ちに自我の滅亡を意味して居るので――その實、滅亡することがないから、井上博士の云はれた無邪氣な小供ばかりではない
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