ありません、な』と答へた。この人、どんなにえらかつたのか、それは僕にも分らないが、おのれの立ち塲に主眼がないと云ひ切る勇氣のあつたのは賞すべきである。大悟したのはまた別な迷ひに這入るので[#「大悟したのはまた別な迷ひに這入るので」に白丸傍点]――人は自己の救ひを刹那刹那に求めて居る[#「人は自己の救ひを刹那刹那に求めて居る」に白三角傍点]。他人の手を引ツ張つて天國に入ることは、到底出來ない相談である[#「他人の手を」〜「相談である」に白丸傍点]。アリストテレースの樣に、徳は以つて教ゆべく、また練習すべきものだとは、愚論の極と云はなければならない。
若し不平を訴ふるところが實際あつたなら、そこで泣きつぶれて、そのまゝ宇宙と縁を切つてしまつても滿足であらう。然し、同情なるものは不完全と不完全との誤魔かし合ひであつて、慈悲とは弱點を以つて弱點を裝ふの具に過ぎない[#「然し」〜「過ぎない」に傍点]。僕等の悲痛はこの無目的な宇宙に持つて行きどころがないのである[#「僕等の悲痛は」〜「行きどころがないのである」に白丸傍点]。相思ひ、相抱いて心中する男女が、その刹那を越えれば、砂の碎けた樣に別にな
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