存在は盲目で、道徳的に云へば、無目的である[#「存在は盲目で、道徳的に云へば、無目的である」に白三角傍点]。大底の哲學者と同樣、シヨーペンハウエルも亦宇宙に意匠の統一があると云つたが,哲學者の所謂統一とは、僕に於ては表象の轉換する工合をいふので、物と物との符合して居るやうに見えるのは、はじめから割り符を與へられて居るのではない[#「哲學者の所謂統一とは」〜「居るのではない」に傍点],その時だけそう見えたので、偶然の思ひ付きである。――尤も詩には之が非常な意味を以つて來る――たとへば、田鼠が地下に穴を堀ると、たゞ一直線に堀つて行くのでなく、追はれた時の用意に、左右にところ/″\隱れ塲を拵へて置く。また、雲雀が空から下りる時、眞直ぐに地下の巣には行かないで、それから少し隔つたところへ落ちる。兩者の賢いのは、よく似て居るやうであるが、これが果して神の與へた割り符であらうか。北國と南海との片田舍で、同じ姓名の人が出來る、これが果して本能の統一的作用の然らしめたのであらうか。猿の手の親指は外へ向いて居る、人間のは内へ向いて居る、これが造化に意匠のあるところだと云へようか。そうだと答へるものは、狹
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