を眞似て、理想とか向上主義とか※[#「※」は「口へん+斗」、読みは「さけ」、346−1]ぶものが多い,然し、これは最も善を僞はるもの等で、僞善者の最下級である、道學的根性の最も嚴密に墮落した標本である。その古びた師匠とまだ固つて居ない末流とに論なく、渠等はすべてあるべからざる善惡を規定して、自分の怠慢と無氣力とを裝ふばかりである。
僕は渠等に向つて、眞率におのれの立脚地を究めたなら、意志その物も無目的な表象の所爲[#「意志その物も無目的な表象の所爲」に白丸傍点]であることが分ると知らせたいのである。
(十三) 善惡の否定
性善性惡の爭論はもう古臭くなつてしまつた。僕の論旨から云ふと、宇宙は根より水を吸ふ時は草木である、口より食を入れる時は人畜である[#「僕の論旨から云ふと」〜「人畜である」に傍点],性善を標榜し、または性惡を主張する時は、その間ばかりは、孟子又は荀子の樣に、内容もない善惡の別塊である。善惡混合を云ふ時は、またその間ばかりは、善惡の混合物である。假りに僕に内外の區別があるとして、その内外からやつて來る必然の前には、君子もあらう筈はない、小人もあらう筈はない。
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