があるので、生命もある――この表象的轉換がなくなつたら、宇宙の外形と内部とは忽ち絶滅してしまうことが想像せられるのである[#「この表象的轉換が」〜「想像せられるのである」に白丸傍点]。
さすが、シヨーペンハウエルは印度思想を知つて居ただけ、その云ふところの意志も面白く解釋が出來る。例の華嚴經中の譬に比べて云ふと、萬物はすべて十、乃ち、意志を本性として居るので、如何に極小な本性でも――乃ち、十から云へば、五、六、四又は一中の十,意志から云へば、最小最低の現象でも――若し之を世界から消滅さすことが出來るとすれば、同時に全世界の消滅が出來ることになるのだ。僕等の本能が死を好まないのは、自然の結果である[#「僕等の本能が死を好まないのは、自然の結果である」に傍点]。火から熱を取れば火もなくならうし、熱から火を取れば熱もなくなる,と云つて、火即熱の實體を別に持つて來るのは、假定と云はなければならない。僕の運命とか、生命とかいふものは、科學者のエネルギー又は宗教家の神などの樣な、假定の永存實體ではない、たゞ表象の轉換移動の個處個處[#「表象の轉換移動の個處個處」に傍点]を連ねて見たばかりで、その
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