。僕が現世主義を起點[#「現世主義を起點」に白三角傍点]としてあるのは、この事實を知つてからで――死なうとしても、どうせ死なれないのではないか。
 矢張り仙臺に居た時の經驗であるが、僕は自殺しようと思つたことが二三度ある。その最後の時は、前日に二三の友人に伴はれて、かの青葉城のうしろにある、政宗の立退路《たちのくぢ》と云はれる谷へ、化石を拾ひに行つた。こゝは、自然の開鑿とは思はれない程、規則立つて幅の狹い、また、底深く切り下げた谷合ひであつて,幾條にも道が分れて居るので、どこまで續いて居るのか知れないし、大きな樹がその兩方の絶壁の上からかぶさつて居るので、晝も尚うす暗いところだ。こゝで、あやしな死に神がつきかけたのだらう、高いところからこの谷底に身を投げて、死んでしまはうと决心をした[#「高いところから」〜「决心をした」に傍点]。それで、翌日、ひとりで朝早くから家を出て――前日は城の左から下つて行つたのだが――今度は反對に右手の出口から、谷へ這入《はい》らないで、その崖のふちに添ふて登つて行つた。どういふ拍子か、道に迷つて、前日定めて置いた塲所が見えるところへ來なかつたが、同じ谷の分れ
前へ 次へ
全161ページ中80ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
岩野 泡鳴 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング