ソン自身の證明」に二重丸傍点]は、五つに分れて居る。渠が唯心哲學の第一の定めは、自然その物から受くる暗示で[#「自然その物から受くる暗示で」に白三角傍点]――たとへば、船に乘つて行きながら岸を見たり、また、自分の胯の下から野原をのぞくと、いつも見馴れて居る景色でも、大變違つた樣に見える。この時は、物心二元論の立ち塲に住して居る樣だが、然し、世界が一つの觀せ物であると同時に、自分の心中には、一種不易のものがある樣に思はれる。
 第二に、詩人は之と同じ樣な快感を傳へて呉れる[#「詩人は之と同じ樣な快感を傳へて呉れる」に白三角傍点]。たとへば、海なり、山なり、少女なり、豪傑なり、世間一般に知られて居るものに、僅かの意匠を加へると、そう云ふ物が、詩人の根本思想を軸として、自由な回轉をして、全く新しいものとなる。これは、その詩人の思想の表象となつてしまうのである[#「これは、その詩人の思想の表象となつてしまうのである」に傍点]。シエキスピヤはかういふ想像力に富んで居たので、萬物を自由に丸めて、自家藥籠中のものとした。詩人に取つては、ピラミツドも新しくツて、また移し得べき物である。乃ち、詩人がその
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