が出來る[#「運命に由つて居るのは」〜「示めすことが出來る」に傍点]。運命を表示するは、その餘韻である[#「運命を表示するは、その餘韻である」に白丸傍点]。音樂と詩歌とに論なく、こゝに眞の夢幻と陶醉[#「夢幻と陶醉」に白三角傍点]とがあらはれるので――之はシルレルなどがいふ遊戯でもなければ、シヨーペンハウエルの所謂意志の臨時的絶滅でもない,悲痛自食の表象その物を見るので――悲劇には解脱とか、解决とかがない程、その實相に近いのである[#「悲劇には解脱とか」〜「近いのである」に白三角傍点]。
半獸主義から云ふと、悲愁と痛苦とを脱し得たと思ふのは、既に虚僞であると同時に、そんな事件が舞臺に出來ると滑稽な感じを起す樣になるだらう[#「半獸主義から云ふと」〜「起す樣になるだらう」に傍点]。父の亡靈と母の不義と自分の戀とに煩悶して居るハムレツトの最後が、母と叔父と自分との死に由つて消滅したと思ふのは、丁度、かの有名の喜劇的オペラ、ベートーヱ゛[#底本では「ヱ゛」は一字]ン作の『フイデリオ』に於て、フイデリオ、實はレオノラがその夫フロレスタンを奸人ヒザロの手から救ひ得て、『あゝ、云ふべからざる喜悦
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