る。音一個だけでは何の用も爲し得ないから、強弱の數音を列ねて律を作すのだが、その拍子が、西洋の樂譜[#「西洋の樂譜」に傍点]を讀んで見ると、四が普通拍子であつて、次に三、次に六、乃ち、三の重複か又は二の三個集つて居るのが出て來る。然し、わが國の樂曲[#「わが國の樂曲」に傍点]では――多年國樂の研究に從事して居られる、北村季晴氏の言ふところに據れば――二が標凖拍子であつて、四は二の重複して居るもの,六、乃ち、二の三個集つて居る拍子は、たまに他律の間に挿まつて居るばかりで,洋樂に普通な三は殆んどない[#「洋樂に普通な三は殆んどない」に白丸傍点]、田中博士などが、二拍子半、寧ろ三拍子なるものを、謠曲中に見とめられて、之を如何に解釋すべきかが疑問になつて居る程である。乃ち、謠の八拍子なるものは三拍子と二拍子との混合であるといふことである。この説が成り立つものとすれば、洋樂などには全くない、珍らしいものである。そこで、また詩の音律[#「詩の音律」に白三角傍点]を見ても、西洋の[#「西洋の」に傍点]を云つて見れば、アイアムバス(抑揚格)又はトロキー(揚抑格)の音脚が二を以つて成立し、アナペスト(抑
前へ
次へ
全161ページ中142ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
岩野 泡鳴 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング