新文藝の主動者の一人であらうとする氏に取つては、少し、否、大いに似つかはしくない意見ではないか。最上の感興に、言語が面倒臭いなら、音響その物も邪魔であらう[#「最上の感興に」〜「邪魔であらう」に傍点]。世界の萬事萬物の必らず歸着する無言と空靈との中から、光線の樣に發射して來る音響と言語とでないか[#「世界の萬事萬物の」〜「言語とでないか」に白丸傍点],それに抽象的概念を與へるのは、哲學者と歴史家との惡戯である[#「それに抽象的概念を」〜「惡戯である」に白三角傍点]。哲學者たるシヨーペンハウエルが、諸藝術のうち、音樂ばかりが間接的の概念に由らないと云つたのは、新詩歌と新戯曲との意義を知らなかつたからで――一つの根音から、長短、高低、強弱、異色の諸音が連續して、音律となり、旋律となつて、音調の和諧を聽かす,それが急速な時は愉快に感じ、それが遲緩な時は悲痛を覺える。然し、その音調の和諧とは、表象的用語の統一と同じ物であらう[#「然し」〜「同じ物であらう」に傍点]。
 かうなると、音樂最上藝術論者の根據とするところがたゞ一ケ條殘つて居る,言語は一國に固有されて居るが、音響は萬國の共有物だといふ
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