謂『靜的悲劇』は、少しも動作を見せないで、月郊氏の所謂『神秘の玄を捉へ、超絶の無意識を示さんとしたる』發案であるが、發案者身づからその『近世劇』で、『何を爲《し》ようとも、どんな怪事を發見することがあらうとも、舞臺の最上法則、その本然の要求はいつも動作であらう』と論じて居る。動作があれば、人物が出よう、人物があれば、事件が出來よう,そこで、月郊氏は、メーテルリンクの發案した靜止劇なら、『寧ろ叙事詩の體[#「叙事詩の體」に傍点]を用ふるに如かざる事なきか』と云はれた。僕の試作した『海堡技師』に對しても、之と同じ樣なことを云つた評家が二三名あつた。然し、僕も舞臺上の効果からして、事件、人物、並に動作を以つては來たが、メーテルリンクの運命劇の行き方と同樣、そういふ手段を微塵に碎いた、跡の靈果を一般の觀客に感得さしたいのである。在來の夢幻劇は碎いてもまだ蚯蚓の一片に過ぎないが、僕のは砂の如く碎けて、而もその一粒/\に靈感を持たせたいのである[#「在來の夢幻劇は」〜「持たせたいのである」に傍点]。從つて、登塲する人物が性格よりも寧ろその塲/\で發表する冥想を重しとするやうになつて來るのは、止むを
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