新文藝で――その先驅者イブセン、ダンヌンチオ、メーテルリンク等を、ヒウンカーといふ人が評論して、その論文集を『偶像破壞者《アイコノクラスツ》』と名づけたのは面白い。どうせ、一つの偶像が倒れても、また別のが出來る。たゞそれが原始的、本能的に情熱と活氣とを持つて居さへすれば、必らず自然主義の生命、乃ち僕の所謂神秘界に觸れることが出來るのだ。
半獸主義は、夏の雲の樣に碎ける哲學の系統と組織とを持たない,その代り、大海の活動と沈靜と深みとを有する情と共に隱見して來るのである[#「半獸主義は」〜「來るのである」に傍点]。この主義の神體は、哲學者にはスフインクスと同じく謎と見へようが、文藝家は宜しく之を拜してから新文藝の深奧を窺ふべきものである。
(十九) 熱誠と威嚴――國家問題
僕の主義から、自然に豫想せられるのは、熱誠と威嚴[#「熱誠と威嚴」に白三角傍点]とである。
或人、僕を攻撃して云ふには、半獸主義は獨善利己の主義であるから、熱誠や威嚴のあらう筈はないと。然し、時々刻々自分を救ふに急であつて、僅かに刹那の救濟をのみ脱しないように努むべきものが、何で他を返り見るいとまがあらう。―
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