ると、白倉山の後ろ手が、そこも岩だらけのあひだにこうえふしてゐるのが見える。そこから眞ッ直ぐに、また、自動車みちを三丁ばかりで有名な清琴樓もある温泉場を、廣い河原を隔てて、高みの路傍から見た。が、はた折りの位置は周圍の山々が少し遠くひらけてゐて、そのながめは廣い河原を渡つてこちらがはの山々のはにかみ笑ひを見るに在るばかりらしい。そこへ立寄つて一泊しようかとも考へたのを、それが爲めに直ぐ引ッ返した。
「そりやア、鹽の湯よりもここのけしきの方がいいでしよう――鹽の湯は山と山とのあひだですから、ながめが窮屈です」と、車夫に云はれたけれども、一方では、いづみ屋の番頭から、
「何と云つても鹽原のけしきは鹽の湯が一等ですから」とも聽いてゐた。そして僕もこの方が一泊するに足りさうだと云ふ豫想にうち勝たれた。
 その當時は壓制家と云はれて縣下のひらけない人民と死を以つて爭つたやうなものだが、もとの三島知事の思ひ切つた道路開拓は今となつてはなか/\爲めになつてる。この鹽原の奧をもッと奧までも自動車がとほるのだ。が、内湯の出もとにかかつてる橋を渡ると、川の支流をさかのぼることになるのだが、ここの道は三島道
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