どがらんどうのやうだ。そのがらんどうの一番奧二階だが、この夏は皇太子殿下附き侍從や武官がゐたさうで、ずッと前にはまた閑院の宮樣もゐられた。また、三島彌吉さんが新婚の宴をひらいた時の室もここであつたとのこと。
 あたりの家々の家根をよそに見おろして、青い山や赤い山に向つてゐる。青いのは前山で、澤山の杉がお槍のやうに並んでその絶頂までのしあがつてる。これにはこうえふが比較的に少い。が、それと一つ淺い谷をへだてた山には、その代り、赤や黄や青みがかかつた黄やの色で以つて一面の錦が織り出されてゐる。そのうちで、赤いのはもみぢやつつじ、櫻の葉の色で、黄いろいのはカツラ、ナラ、栗などの葉だ。それらを押しなべてこうえふと云つてるのだが、その光りあるけしきは、本年はまだ霜や風がひどくないので、これからまだ暫らく盛りだと云ふ。
 ここに三島子爵の別莊があると云へば、妻よ、お前も十日會の會員だから、來月の幹事に當つてる同氏を思ひ出して親しみを持つだらうが、それは赤い山の方のはづれ(無論、川のこなたであるが、川は音ばかりでこの室からは見えない)に在る。こちらへかぎの手に反つて向ふへひらいてるその方に、そこの庭
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