縁がはへ出ると、目の下にうづもれたこうえふのあひだを右から左りへと十間はばばかりの川水が白く音を立てて流れてゐる。その上流と下流とからうへへそり返つて黄、赤、べに等のいろづき葉が、松その他の針葉樹の青葉と入りまじつて、横へ四つに重なつた山山の絶頂まで一面につらなり渡つてる。隨分大きいと云へば大きい景だ。そしてその全景を引き締める爲めのやうに、例の杉の森が一番こちらへ近く、僕の目の前に立つてゐる。無論、その眞ッ下の崖にもこうえふはいち面だ。つまり、ながめのそらからも、またその目の下からも。赤い照らしが滿ちて來て、それを眞ン中に針葉樹の青さが一層に引き立ててゐる。
 福渡りのは――僕の占領してゐる場所からは別だが――かの川添ひの部屋々々から見ると、こう葉をこう葉の中から見るやうな景だ。が、ここのはそれを近く見おろし、遠く見渡すのである。近く迫つた方だけで云へば、北海道のこうえふの一名所|神居古潭《かもゐこたん》の景に似てゐて、ただ面白い釣り橋がないばかりだ。が、また、かの釣り橋の代りに、僕らの倚る高どのの欄干《らんかん》がある。そして下を見おろすと目がくらむほどだ。
 晩食にはまだ二時間ば
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