強くも鳴いてゐた
蟋蟀は聲をあはせて
はりがねのやうに鳴いてゐた
自分はそれを聞いてゐた
或る日の詩
草の葉つぱがゆれてゐる
その葉がかすかになびいてゐる
あらしが何處かを
いまとほる
いまとほるのか
ひつそりとした此のしづかさ
蜻蛉《とんぼ》、蜻蛉《とんぼ》
此の指さきにきてとまれ
或る日の詩
ひとりは寂しい
群衆の中はさらに寂しい
自分ばかりか
否
おお寂しい人間よ
かくも生《いのち》はさびしいものか
此の眞實に生きよと
木の葉はちる
はらはらとちる
秋の黄昏
みよ、いま世界は黄金色に夕燒けして
此の一日を終るところだ
はらはらとちる木の葉つぱ
記憶の樹木
樹木がすんなりと二本三本
どこでみたのか
その記憶が私を搖すつてゐる……
入日に浸つて黄色くなつた
最後の葉つぱ
その葉の落ちてくるのをそれとなく待つてゐた
それが自分達の上でひるがへり
冬の日は寂しく暗くなりかけた
風の日はいまも其の木木
骨のやうになつた梢の嗄《しはが》れ聲
山
と或るカフヱに飛びこんで
何はさて熱い珈琲を
一ぱい大急ぎ
女が銀のフオークをならべてゐる間も待ちかねて
餓ゑてゐた
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