しい秋の日
ひろびろとした穀物畠
ひろびろと
としよつた農夫はそれに見惚れ
煙管の吸ひ殼をはたきながら
いたづらな雀や鴉に何をかたつてゐるのか
ゆたかに實のつた穀物は金《きん》の穗首をひくくたれて
だまつてそれを聞いてゐる
穀物に重い穗首をたれさせる愛のちからは大きい
黄銅《あかがね》のやうなその農夫のあたまの上に
蜻蛉が一ぴき光つてゐる
何といふ靜かさであらう

  人間の神

手に大鍬をつつぱつて
ひろびろとした穀物畠の上をしみじみ眺めてゐる
としよつた農夫の顏よ
その顏の神神しさよ
農夫は世界のたましひである
農夫は人間の神である
黎明《よあけ》からのはげしい勞働によつて
崖壁のやうな胸をながれる脂汗
その胸にたたへた人間の愛によつて
穀物は重い穗首をひくく垂れた
みよ一日はまさに終らんとしてゐる
赤赤しい夕燒け空
大鍬の泥土《どろ》をかきおとすのもわすれて
農夫はひろびろとした穀物畠を飽かずながめてゐる
その彼方《かなた》にあかあかと
太陽は今やすらかにはいつて行くところだ

  秋のよろこびの詩

青竹が納屋《なや》の天井の梁にしばりつけられると
大きな摺臼は力強い手によつて
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