つきだせ
もぢもぢするのは耻づべき行爲だ
君もその手に力をこめて
そして自分の痛いといふほど
握りかへしてくれ
それでよろしい
強く正しく直立《つつた》て!

  故郷にかへつた時

これではない
こんなものではない
自分が子どもでみた世界は
山山だつてこんなにみすぼらしく低くはなかつた
何もかもうつくしかつた

  太陽はいま蜀黍畑にはいつたところだ

一日の終りのその束の間をいろどつてゆつたりと
太陽はいま蜀黍畑にはいつたところだ
大きなうねりを打つて
いくへにもかさなりあつた丘の畑と畑とのかなたに
赤赤しい夕燒け空
枯草を山のやうに積んだ荷馬車がかたことと
その下をいくつもつづいてとほつた
何といふやすらかさだ
此の大きいやすらかな世界に生きながら人間は苦んでゐる
そして銘々にくるしんでゐる
それがうつくしいのだ
此のうつくしさだ
どこか深いところで啼いてゐるこほろぎ[#「こほろぎ」に傍点]
自分を遠いとほいむかしの方へひつぱつてゆくその聲
けれど過ぎさつた日がどうなるものか
何もかも明日《あした》のことだ
何もかも明日のことだ

 ※[#ローマ数字7、1−13−27]


  
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