つかりかはつた
併しそれは風の方向ばかりではない
妻よ
ながい冬ぢうあれてゐた
おまへのその手がやはらかく
しつとりと
薄色をさしてくるさへ
わたしにはどんなによろこばしいことか
それをおもつてすら
わたしはどんなに子どもになるか
翼
よろこびは翼のやうなものだ
よろこびは人間をたかく空中へたづさへる
海のやうな都會の天《そら》
そこで悠悠と大きなカーヴを描いてゐる一羽の鳶
なんといふやすらかさだ
それをみあげてゐるひとびと
彼等の肩には光る翼がひらひらしてゐる
うたがつてはならない
彼等はなんにも知らないのだが
見えない翼はその踵にもひらひらしてゐる
針
子どもの寢てゐるかたはらで
その母はせつせと着物を縫つてゐる
一つの手が拍子をとつてゐるので
他の手はまるで尺取蟲のやうにもくもくと
指さきの針をすすめてゆく
目は目でまばたきもしないで凝《じつ》とそれを見てゐる
音すら一つかたともせず
夜はふけてゆく
なんといふしづかなことだ
子どもの寢息もすやすやと
針は自然にすすんで行く
むしろ針は一すぢの絲を引いて走つてゐるやうだ
としよつた農夫は斯う言つた
あの頃か
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