さし
どことなく何とはなしににぎやかだ
どこかで紙鳶のうなりがする
それときいてひとびとは
ああ春がきたなと思ふ
そして何か見つけるやうな目付で
水水しい青空をみあげる
てんでに紙鳶を田圃にもちだす子ども等
やがてあちらでもこちらでもあがるその紙鳶
それと一しよに段段と
子どもらの足も地べたを離れるんだ
※[#ローマ数字2、1−13−22]
萬物節
雨あがり
しつとりしめり
むくむくと肥え太り
もりあがり
百姓の手からこぼれる種子《たね》をまつ大地
十分によく寢てめざめたやうな大地
からりと晴れた蒼空
雲雀でも啼きさうな日だ
いい季節になつた
穀倉のすみつこでは
穀物のふくろの種子もさへづるだらう
とびだせ
とびだせ
蟲けらも人間も
みんな此の光の中へ!
みんな太陽の下にあつまれ
種子はさへづる
種子《たね》はさへづる
穀倉の種子のふくろで
はるがきたとてか
青空の雲雀も
それをききつけた百姓は
あわてて穀倉に驅けこみ
穀物の種子のふくろを抱きだした
或る雨後のあしたの詩
よひとよ細い雨がふり
しののめにからりとはれて
しつとりと
なにもかも重みがついた
ああ此の重み
そのおちつきが世界をうつくしくするのであるか
それだのに人間ばかり
何といふみすぼらしさだ
穀物の種子のふくろをだきだすその腕《うで》につたはる
あの重みだ
あの重みにみちみてよ
ああ人間
大地と太陽とのいとし子
十字街の詩
[#ここから横組み]”[#「”」は下付き]THIS IS THE MANY−TENTACLED TOWN”[#「”」は下付き][#ここで横組み終わり]
――VERHAEREN――
ここは都會の大十字街
すべての道路はここにあつまり
すべての道路はここからはじまる
堂堂とその一角にそびえた
大銀行をみろ
その窓したをぞろぞろと
ひとはゆき
ひとはかへる
なんにもしらないゐなかびとすら
此の大銀行の正面にてはあたまを垂れ
手をうやうやしくあはせる
ああ都會の心臟である十字街
都會はまるで惡食《あくじき》をする大魚の胃ぶくろのやうに
ここはひとびとをひきつけて
そのひとびとを喰ひ殺すところだ
そこから四方へ草の蔓のやうにのびてゆく街街
つらなり列ぶ家家
何といふ立派なものだ
ああ此のけむり吐く大煙筒の林
此のすばらしさに帽子をとれ
へとへとにつかれながら而も壯麗に生きてゐる大都市
此の中央大十字街
その感覺はくもの巣のやうな大路小路にひろがり
ひろいひろい郊外に露出して顫へ
其處で何でもかでも鋭敏に感じてゐる神經
どんなものでもひつ掴まうとしてゐる神經
その尖端のおそろしさよ
ポプラの詩
すんなりと正しくのび
うすいみどりの葉をつけた
高臺のポプラの木
その附近《あたり》から
みえる遠方はなつかしい
一本すんなり立つてゐても
五本六本列んでゐても
此の木ばかりはすつきりしてゐる
そよ風にこれがひらひらするのをみてゐると
わたしはたまらなくなる
ああ此の木のやうな心持
怖しい敏感なポプラ
冬のをはりにもう芽ぶき
秋には入るとすぐ落葉《おちば》する
ああポプラ
これこそ光線の愛する木だ
子どもらは此の木のしたで遊ばせろ
風の方向がかはつた
どこからともなく
とんできた一はのつばめ
燕は街の十字路を
直角にひらりと曲つた
するといままでふいてゐた
北風はぴつたりやんで
そしてこんどはそよそよと
どこかでゆれてゐる海草《うみくさ》の匂ひがかすかに一めんに
街街家家をひたした
ああ風の方向がすつかりかはつた
併しそれは風の方向ばかりではない
妻よ
ながい冬ぢうあれてゐた
おまへのその手がやはらかく
しつとりと
薄色をさしてくるさへ
わたしにはどんなによろこばしいことか
それをおもつてすら
わたしはどんなに子どもになるか
翼
よろこびは翼のやうなものだ
よろこびは人間をたかく空中へたづさへる
海のやうな都會の天《そら》
そこで悠悠と大きなカーヴを描いてゐる一羽の鳶
なんといふやすらかさだ
それをみあげてゐるひとびと
彼等の肩には光る翼がひらひらしてゐる
うたがつてはならない
彼等はなんにも知らないのだが
見えない翼はその踵にもひらひらしてゐる
針
子どもの寢てゐるかたはらで
その母はせつせと着物を縫つてゐる
一つの手が拍子をとつてゐるので
他の手はまるで尺取蟲のやうにもくもくと
指さきの針をすすめてゆく
目は目でまばたきもしないで凝《じつ》とそれを見てゐる
音すら一つかたともせず
夜はふけてゆく
なんといふしづかなことだ
子どもの寢息もすやすやと
針は自然にすすんで行く
むしろ針は一すぢの絲を引いて走つてゐるやうだ
としよつた農夫は斯う言つた
あの頃か
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