老嫗《ばあ》さんをみてきた
その晩、自分はゆめをみた
細い雨がしつとりふりだし
種子は一齊に青青と
芽をふき
ばあさんは蹙め面《づら》をして
その路端に死んでゐた
彼等は善い友達である
結氷したやうな冬の空
その下で渦捲く烈風
山山は雪でまつ白である
晝でもほの暗い
ひろびろとした北國の寒田に
馬と人と小さく動いてゐる
はるかに遠く此處では
馬と人と
なんといふ睦じさだ
そして相互《たがひ》に助けあつて生きてゐる
寒田は犂きかへされる
犂きかへされた刈株の田の面はあたらしく黒黒と
その上に鴉が四羽五羽
どこからきたのか
此のむごたらしい景色の中にまひおりて
鴉等は鳴きもせず
けふばかりは善い友達となつて働いてゐる
なにを求めて馬や人といつしよになつてゐるのか
それが此處からはつきり見える
田の畦の枯れたやうな木木までが苦痛を共にしてゐるやうだ
父上のおん手の詩
そうだ
父の手は手といふよりも寧ろ大きな馬鋤《からすき》だ
合掌することもなければ
無論|他人《ひと》のものを盜掠《かす》めることも知らない手
生れたままの百姓の手
まるで地べたの中からでも掘りだした木の根つこのやうな手だ
人間のこれがまことの手であるか
ひとは自分の父を馬鹿だといふ
ひとは自分の父を聖人だといふ
なんでもいい
唯その父の手をおもふと自分の胸は一ぱいになる
その手をみると自分はなみだで洗ひたくなる
然しその手は自分を力強くする
この手が母を抱擁《だきし》めたのだ
そこから自分はでてきたのだ
此處からは遠い遠い山の麓のふるさとに
いまもその手は骨と皮ばかりになつて
猶もこの寒天の痩せた畑地を耕作《たがや》してゐる
ああ自分は何にも言はない
自分はその土だらけの手をとつて押し戴き
此處ではるかにその手に熱い接吻《くちつけ》をしてゐる
或る朝の詩
冬も十二月となれば
都會の街角は鋭くなる……
曲つた木
うすぐらい險惡な雲がみえると
すぐ野の木木はみがまへする
曲りくねつた此の木木
ねぢれくるはせたのは風のしわざだ
そしてふたたびすんなりとは
どうしてもなれない
そのかなしさが
いまはこの木の性となつたのか
風のはげしい此處の曲りくねつた頑固な木木
骨のやうにつつぱつた梢にも雨が降り
それでも芽をつけ
小鳥をさへづらせる
まがりなりにも立派であれ
ああ野にあつて裸の立木
ああ而もなほ天《そら》をさす木木
ランプ
野中にさみしい一けん家
あたりはもう薄暗く
つめたく
はるかに遠く
ぽつちりとランプをつけた
ぽつちりと點じたランプ
ああ
何といふ眞實なことだ
これだ
これだ
これは人間をまじめにする
わたしは一本の枯木のやうだ
一本の枯木のやうにこの烈風の中につつ立つて
ランプにむかへば自《おのづか》ら合さる手と手
其處にも人間がすんでゐるのだ
ああ何もかもくるしみからくる
ともすれば此の風で
ランプはきえさうになる
そうすると
私もランプと消えさうになる
かうして力を一つにしながら
ランプも私もおたがひに獨りぼつちだ
夜の詩
あかんぼを寢かしつける
子守唄
やはらかく細くかなしく
それを歌つてゐる自分も
ほんとに何時《いつ》かあかんぼとなり
ランプも火鉢も
急須も茶碗も
ぼんぼん時計も睡くなる
遙にこの大都會を感ずる
この麥畑の畦のほそみち
この細道に立つ自分をはるかに大都會も感ずるか
けふもけふとて
砂つぽこりの中で搖れてゐる草の葉つぱ
ああ大旋風も斯る草の葉つぱからはじまつてやつぱり此の道をはしるのだ
ああ此の道
道はすべて大都會に通ずる
道は蔓のやうなものでそして脈搏つてゐる
まつぴるまの太陽も暗く
あたまから朦朦と塵埃をあびせかけられてゐる幻想
その塵埃の底にあつて呼吸《いき》づく世界きつての大都會よ
ああ大沙漠の壯麗にあれ
ああ壯麗な大旋風
その街街の大建築の屋根から屋根をわたつて行く
大群集の吠えるやうな聲聲
此の大都會をしみじみと
此の大沙漠中につつ立つ林のやうな大煙筒を
此のしづけさにあつて感ずる
何處へ行くのか
またしても
ごうと鳴る風
窓の障子にふきつけるは雪か
さらさらとそれがこぼれる
まつくらな夜である
ひとしきりひつそりと
風ではない
風ではない
それは餓ゑた人間の聲聲だ
どこから來て何處へ行く群集の聲であらう
誰もしるまい
わたしもしらない
わたしはそれをしらないけれど
わたしもそれに交つてゐた
梢には小鳥の巣がある
なにを言ふのだ
どんな風にも落ちないで
梢には小鳥の巣がある
それでいい
いいではないか
春
どこかで紙鳶《たこ》のうなりがする
子どもらの耳は敏く
青空はひさしぶりでおもひだされた
いままで凍《い》てついてゐたやうな頑固な手もほんのりと赤味を
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