人間
汝の愛《いつく》しむもの
神神も照覽あれ
此の生きてゐる人間を
姙婦を頌する詩
生みのくるしみ
此のくるしみのために
はらめるものよ
おんみはなにをかんずるか
おそろしい胎内のあらし
あらしを思へ
あらしを忍べ
はらめるものは人間である
永遠のはてから來るもの
太陽の愛《いつく》しむもの
生みのくるしみ
おんみのくるしみ
それが世界のよろこびだ
人間の一人が世界に殖えるところに
此のよろこび
此のよろこびを思へ
からりとはれた蒼空のやうな氣持で
やがておんみはみつけるのだ
あらしのわすれていつたものを
その膝の上に
その乳房を吸つてゐるのを
しばらくしのべ
あらしをしのべ
おんみは人間の創造者である
おんみらによつて人間は此の世界にきたる
萬物の讃美をうけよ
人間の母なるおんみ
人間をはらめるおんみ
生めよ
ふえよ
地にみてよ
勝利をあげて來れ、人間
妹におくる
枯葉の下からぞつくりと青い芽をだしてゐるみづくさ
すんなりとのびてゐる木木
ひらひらしてゐるのはその木木の嫩葉だ
あたりにさへづる鶸やのじこ[#「のじこ」に傍点]
落窪からちろちろと雪解の水がながれてゐる
その水のきよらかさ
その水のきよらかさは
いもうとよ
それはそなたの愛のやうだ
ひとにかくしたくちつけにとけてながれるそなたの愛だ
十字架
十字架のおもさは齒をたて
むごたらしくも肉體に喰入る
苦しむものの愛する十字架
苦しむものよ
にんげんこそまことのキリスト
そして道はながい
ゴルゴダへの此の道
どこまで行つたらつきるのか
肩の上の十字架
よろめく足を踏みしめて進み行く
くるしみをじつと耐へてすすみ行く
みそなはせ
主よ、人間のこの強さを……
鞴祭の詩
自分の意志はあかあかと
みよ、うつくしくやけただれてゐる
鐵砧《かなしき》の上なる意志を
鋼鐵《はがね》のやうな此の意志を
打て!
鐵槌をふりかざせ
とびちるものは火花の吐息だ
とびちるものは自分の吐息だ
くるしい
くるしいから美しいのだ
生きのくるしみ
それが人間にこもつて力となるのか
世界の黎明《よあけ》よ
研ぎすました此の冴え
ふれれば切れるやうな空氣
鋼鐵のやうな自分の此の意志
それを鍛へる自分の力
くるしめ
くるしめ
鐵砧の上できたへろ
とんかんと
此のいい音響《おと》で冬めを祭れ
鴉祭の詩
大鴉
藁とぼろ[#「ぼろ」に傍点]とでこしらへた鴉
そのからすを祭れ
きみらは農夫
ひろい黎明《よあけ》の畠にとびだし
しみじみと種子《たね》を蒔いた
種子は一粒一粒
種子は善い種子
その上に土をかけ
太陽にそれをかくした
きみらは農夫
それからといふもの
どんなに畠のことばかりかんがへてゐたことか
そんなこととはしらないで
そんなことともしらないで
鴉めが來てはそれをほじくる
そのからすを祭れ
貧者の詩
みよ、そのぼろ[#「ぼろ」に傍点]を
此のうつくしい冬の飾りを
それから赤い鼻尖を
人間が意志的になると
霜はまつ白だ
指のちぎれさうな此の何ともいへないいみじさ
ふゆを愛せよ
そのぼろ[#「ぼろ」に傍点]の其處此處から
肉體が世界をのぞいてゐる
單純な朝餐
スープと麺麭
そして僅かな野菜
何といふ單純な朝餐《あさげ》であらう
朝も朝
此の新しい一日のはじめ
スープのにほひ
ぱん[#「ぱん」に傍点]のにほひ
その上に蒼天のにほひ
一家三人
何といふ美しい朝餐であらう
屋根から雀もおりて來よ
此の食卓はまづしいけれど
みろ
此の子どもを
此の小さな手にその匙をもつたところを
ひもじさをじつと耐へて
感謝のあたまを低く垂れ
わたしらのやうにたれ
わたしの祈りをしづかにまつてゐるではないか
此の食卓に祝福あれ!
※[#ローマ数字9、1−13−29]
そこの梢のてつぺんで一はの鶸がないてゐる
すつきりとした蒼天
その高いところ
そこの梢のてつぺんに一はの鶸《ひは》がないてゐる
昨日《きのふ》まで
骨のやうにつつぱつて
ぴゆぴゆ風を切つてゐた
そこの梢のてつぺんで一はの鶸がないてゐる
それがゆふべの糠雨で
すつかり梢もつやつやと
今朝《けさ》はひかり
煙のやうに伸びひろがつた
そこの梢のてつぺんで一はの鶸がないてゐる
それがどうしたと言ふのか
そんなことをゆつてゐたのでは飯が食へぬと
ひとびとはせはしい
ひとびとのくるしみ
くるしみは地上一めん
けれど高いところはさすがにしづかだ
そこの梢のてつぺんで一はの鶸がないてゐる
雨は一粒一粒ものがたる
一日はとつぷりくれて
いまはよるである
晩餐《ゆふげ》ののちをながながと足を伸ばしてねころんでゐる
ながながと足を伸ばしてねころんでゐる自分に
雨は一粒一粒ものがたる
人間のかなしい
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