間の生きのよろこびはある
人間の生きのよろこびよ
強きものにのみ此の世界はうつくしいのだ
かくして峻嚴な一日ははじまり
かくして人間の一日は終る
強くあれ

  病める者へ贈物としての詩

林檎より美しいもの
かすてら[#「かすてら」に傍点]より柔いもの
此の愛をそなたにおくるのだ
此の愛を
雪のやうな此の愛
落葉《おちば》のやうにはらはらと
そなたの上に飜へる
そなたはそれをどうみるか
風の中なる私の愛を……
何といふ冷い手だ
何といふさみしい目だ
おお病める者
そなたのためには純白な雪
そして火のやうな私だ
この愛の中で穀物の種子《たね》のやうな強き生《いのち》をとりかへせ
光りを感じ
しづかに生き

  或る日曜日の詩

雪を純白《まつしろ》にいただいた遠方の山山をみつめてゐると
指指の尖から冴えてくるやうだ
ぎらぎら油ぎつて光る
椿や樫の葉つぱ
冷い風に枯草が鳴る
地に伏して鳴る
木木は骸骨のやうだ
その梢の嗄れた生きもののやうな聲聲

險惡な空はせはしさうだ
雲と雲との描く
田畠の上をはしる陰影《かげ》

とろりとした日だまり
ひさしぶりで來てみる公園はすつかり荒れはてた
けれど今日《けふ》は善い日曜日だ
子ども等が何かしてあそんでゐる
落葉《おちば》のやうな子ども等よ

とろりとした日だまり
その光はまるで蜂蜜のやうだ

  朝の詩

しののめのお濠端に立ち
お濠に張りつめた
氷をみつめる此の氣持
此のすがすがしさよ
硝子《ぐらす》のやうな手でひつつかんだ
石ころ一つ
その石ころに全身の力をこめて
なげつけた氷の上
石ころはきよろきよろと
小鳥のやうにさへづつてすべつた
(おお太陽!)
おお此の氣持で
人間の街へ飛びこまう
あの石ころのやうに

  大風の詩

けふもけふとて
大風は朝からふいた
大風はわたしをふいた
その大風と一しよに
わたしはひねもす
畑で大根をぬいてゐた

  農夫の詩

おいらをまつてゐる
あの山かげへ
けふもまたおいらは馬と田圃をすきに行くんだ
あそこは酷い瘠地だけれど
どんなにおいらをまつてるか
すけばそれでも黒黒と
そこに冬ごもりをしてゐた蛙が巣をこはされてぴよんぴよん飛びだす
雀や鴉がどこからともなく群集する
おいらの馬は家中一ばんの働き手だ
おいらは馬と一しよであるのがどんなにすきだか
おいらが馬のかはりをすれば
馬はおいらのことをする
かうしてたがひに生きてゆくんだ
おてんたうさま
ああ、けふといふけふの此の幸福
何といふ大きな蒼天《あをぞら》でせう
そしておいらがうたひだすと
耳をぴんとつつ立てて
ばかに鼻息あらあらしく
犁をもつ手もあぶないほど
おいらの馬はすこし元氣になりすぎます

  人間の詩

ぼくは人間がすきだ
人間であれ
それでいい
それだけでいい
いいではないか

ぼくは人間が好きだ
人間であれ
此の目
此の耳
此の口
此の鼻
此の手と足と
何といはうか此の立派さ

頭上《づじやう》に大きな蒼天をいただき
二本の脚で大地をふみしめ
樹木のやうにその上につつ立つ人間
牛のやうな歩行者
蜻蛉《とんぼ》のやうな空中の滑走者

此の人間をおもへ
此の世のはじめ
まだ創造のあしたであつた時を想像してみろ
そこに何があつたか
茫漠としてはてなき荒野
おなじやうな其上の空
その空の太陽
それをみつけたのは人間だ
みんな人間が發見《みつ》けたのだ
みんな人間のものだ

翼あるもの
鰭あるもの
すべての匍ふもの
すべての草木
すべてのものを愛し
すべてのものに美《よ》き名をあたへた人間

一切の價値
一切の意義
一切の法則
一切は人間のさだめたところによつて存在するのだ
人間あつての世界でないか
人間を信ぜよ
此の偉大なる人間を
大地が地上に押しだした生《いのち》の子ども

人間であれ
人間を信ぜよ
鐵のやうな人間の意志を
けだもののやうな人間の愛を
そして神神のやうな人間の自由を
ああ人間はいい

空氣と水と穀物と
それから日光と
そこで繁殖する人間だ
そこで人間は大きくなるのだ
そこで人間はつよくなるのだ
ああ人間はいい

此の人間は生きてゐる
此の人間は生きんとする
人間であれ
人間であることを思へ

人間はいい
ぼくは人間が好きだ
ぼくが一ばん好きなのは何とゆつても人間だ
人間であれ
人間であれ
人間であれ
人間であれ

此の人間はどこからきた
此の人間はどこへ行く
それがなんだ
そんなことはどうでもいい
よくみろ
而して思へ
どんな世界を新しく此の人間がつくりいだすか
どんな時代を新しく此の人間がつくりいだすか
どんな大きな信念を
どんな大きな思想を
どんな大きな藝術を
此の人間が生みいだすか

人間をみろ
人間をみろ
よくみろ
目をすゑてみろ、太陽
永遠を一瞬間に生きる
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