けふもけふとて彼方《かなた》で頻りに待つてゐる
あの丘つづきの穀物畠
あの色づいて波立てる麥の畠をおもへ
此の新しい日のひかり
新しくあれ
ゆたかな力のよろこびに生きろ
新聞紙の詩
けふ此頃の新聞紙をみろ
此の血みどろの活字をみろ
目をみひらいて讀め
これが世界の現象《ありさま》である
これが今では人間の日日の生活となつたのだ
これが人類の生活であるか
これが人間の仕事であるか
ああ慘酷に巣くはれた人間種族
何といふ怖しい時代であらう
牙を鳴らして噛合ふ
此の呪はれた人間をみろ
全世界を手にとるやうにみせる一枚の新聞紙
その隅から隅まで目をとほせ
活字の下をほじくつてみろ
その何處かに赭土の痩せた穀物畠はないか
注意せよ
そしてその畝畝の間にしのびかくれて
世界のことなどは何も知らず
よしんばこれが人間の終焉《をはり》であればとて
貧しい農夫はわれと妻子のくふ穀物を作らねばならない
そこに殘つた原始の時代
そこから再び世界は息をふきかへすのだ
おお黄金色《こがねいろ》した穀物畠の幻想
此の黄金色した幻想に實のる希望《のぞみ》よ
汽車の詩
信號機《シグナル》がかたりと下りた
そこへ重重しい地響をたてて
大旋風のやうに堂々と突進してきた汽車
みろ
並行し交叉してゐる幾條のれーる[#「れーる」に傍点]のなかへ
その中の一本の線をえらんで
飛びこんできた此の的確さ
そしてぴたりとぷらつとほーむ[#「ぷらつとほーむ」に傍点]で正しくとまつた
此立派さを何といはうか
此の勇敢は壓迫する
けれど道は遠い
※[#「さんずい+氣」、第4水準2−79−6]罐《ヱンジン》をば水と石炭とでたつぷり滿たせ
而して語れ
子どもらの歡呼をうけてきたことを
それから女の首と手足をばらばらにしたことを
木も家もひつくりかへして見せたことを
子どもらの愛するものよ
此の力強さを自分も愛する
都會の詩
煤烟はうつくしい
その煤烟で一ぱいになつた世界だ
その中にある此の大都會
働く者のかほをみろ
その手足をみろ
何といふ崇高《けだか》いことだ
ああ煤烟
その中でうめく勞働者の群
ふしぎなこともあればあるものだ
これが新鮮で
而も立派にみえるのだ
なにもかも慘酷のすることだ
ああたまらない
ひきつけられる
都會の詩
けむりの渦卷く
薄暮の都會
ぽつと花のやうに點じ
蔓のやうな燈線のいたるところで
黄金色に匂ふ燭光のうつくしさよ
黄金色に匂ふ千萬の燭光
みろ
都會はまるで晝のやうだ
だいあもんど[#「だいあもんど」に傍点]がなんだ
るびい[#「るびい」に傍点]がなんだ
此の壯麗な都會の街街家家
ここに棲む人間なればこそどんな苦みをも耐へるのだ
ここにすむ人間の幸福
ああ何もいらない
此の壯麗に匹敵するものは何か
此の幸福の上にあつて
都會は生きてゐる
よるのふけるにしたがつて
よるがふければふけるほど
だんだん都會は美しく光りかがやき
ここで疲れた人間が神神のやうに嚴かな眼瞼《まぶた》を靜にとぢるのだ
此のうつくしさは生きてゐる
握手
どうしたといふのだ
そのみすぼらしいしをれやうは
そのげつそりと痩せたところはまるで根のない草のやうだ
おい兄弟
どうしたといふのだ
何はともあれ握手をもつてはじめることだ
さあその手をだしたまへ
しつかりと自分が握つてやる
大麥を刈りとつた畠に
これはいま秋そば[#「そば」に傍点]を播きつけてきた手だ
どんなことでもしつてゐる手だ
どんなことにも耐へてきた手だ
土臭いとて顏を蹙めるな
此の手は君に確信を與へる
ぐつとつきだせ
もぢもぢするのは耻づべき行爲だ
君もその手に力をこめて
そして自分の痛いといふほど
握りかへしてくれ
それでよろしい
強く正しく直立《つつた》て!
故郷にかへつた時
これではない
こんなものではない
自分が子どもでみた世界は
山山だつてこんなにみすぼらしく低くはなかつた
何もかもうつくしかつた
太陽はいま蜀黍畑にはいつたところだ
一日の終りのその束の間をいろどつてゆつたりと
太陽はいま蜀黍畑にはいつたところだ
大きなうねりを打つて
いくへにもかさなりあつた丘の畑と畑とのかなたに
赤赤しい夕燒け空
枯草を山のやうに積んだ荷馬車がかたことと
その下をいくつもつづいてとほつた
何といふやすらかさだ
此の大きいやすらかな世界に生きながら人間は苦んでゐる
そして銘々にくるしんでゐる
それがうつくしいのだ
此のうつくしさだ
どこか深いところで啼いてゐるこほろぎ[#「こほろぎ」に傍点]
自分を遠いとほいむかしの方へひつぱつてゆくその聲
けれど過ぎさつた日がどうなるものか
何もかも明日《あした》のことだ
何もかも明日のことだ
※[#ローマ数字7、1−13−27]
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