であることを信じろ
それを確く

  大鉞

てうてうときをうてば
まさかりはきのみきをかむ
ふりあげるおほまさかりのおもみ
うでにつたはるこのおもみ
きはふるへる
やまふかくねをはるぶなのたいぼくをめがけて
うちおろすおほまさかり
にんげんのちからのこもつたまさかり
ああこのきれあぢ
このきのにほひのなまなましさ
ひつそりとみみをすましたやうなやまおく
やまやまにはんきやうして
てうてうときのみきにくひいるまさかり
おほまさかりはたましひをもつ

  一本のゴールデン・バツト

一本の煙草はわたしをなぐさめる
一本のゴールデン・バツトはわたしを都會の街路につれだす
煙草は指のさきから
ほそぼそとひとすぢ青空色のけむりを立てる
それがわたしを幸福にする
そしてわたしをあたらしく
光澤《つや》やかな日光にあててくれる
けふもけふとて火をつけた一本のゴールデン・バツトは
騷がしいいろいろのことから遠のいて
そのいろいろのことのなかにゐながら
それをはるかにながめさせる
ああ此の足の輕さよ

  記憶について

ぽんぽんとつめでひき
さてゆみ[#「ゆみ」に傍点]をとつたが
いつしか調子はくるつてゐる
ほこりだらけのヴアヰオリン
それでもちよいと
草の葉つぱのどこかのかげで啼いてゐる
あの蟋蟀《きりぎりす》の聲をまねてみた

  收穫の時

黄金色に熟れた麥麥
黄金色のビールにでも醉ふやうに
そのゆたかな匂ひに醉へ
若い農夫よ
此處はひろびろとした畠の中だ
娘つ子にでもするやうに
かまふものか
穀物の束をしつかり抱きしめてかつぎだせ
山のかなたに夕立雲はかくれてゐる
このまに
このまに
いま
そして君達の收穫のよろこびを知れ
刈り干された穀物を愛せよ

  くだもの

まつ赤なくだもの
木の上のくだもの
それをみたばかりで
人間は寂しい盜賊《どろばう》となるのだ
此の手がおそろしい

 ※[#ローマ数字5、1−13−25]


  キリストに與へる詩

キリストよ
こんなことはあへてめづらしくもないのだが
けふも年若な婦人がわたしのところに來た
そしてどうしたら
聖書の中にかいてあるあの罪深い女のやうに
泥まみれなおん足をなみだで洗つて
黒い房房したこの髮の毛で
それを拭いてあげるやうなことができるかとたづねるのだ
わたしはちよつとこまつたが
斯う言つた
一人がくるしめばそれでいいのだ
それでみんな救はれるんだと
婦人はわたしの此の言葉によろこばされていそいそと歸つた
婦人は大きなお腹《なか》をしてゐた
それで獨り身だといつてゐた
キリストよ
それでよかつたか
何だかおそろしいやうな氣がしてならない

  或る淫賣婦におくる詩

女よ
おんみは此の世のはてに立つてゐる
おんみの道はつきてゐる
おんみはそれをしつてゐる
いまこそおんみはその美しかつた肉體を大地にかへす時だ
靜かにその目をとぢて一切を忘れねばならぬ
おんみはいま何を考へてゐるか
おんみの無智の尊とさよ
おんみのくるしみ
それが世界《よ》の苦みであると知れ
ああそのくるしみによつて人間は赦される
おんみは人間を救つた
おんみもそれですくはれた
どんなことでもおんみをおもへばなんでもなくなる
おんみが夜夜《よるよる》うす暗い街角に餓ゑつかれて小猫のやうにたたずんでゐた時
それをみて石を投げつけたものは誰か
あの野獸のやうな人達をなぐさむるために
年頃のその芳醇な肉體を
ああ何の憎しみもなく人人のするがままにまかせた
齒を喰ひしばつた刹那の淫樂
此の忍耐は立派である
何といふきよらかな靈魂《たましひ》をおんみはもつのか
おんみは彼等の罪によつて汚れない
彼等を憐め
その罪によつておんみを苦め
その罪によつておんみを滅ぼす
彼等はそれとも知らないのだ
彼等はおのが手を洗ふことすら知らないのだ
泥濘《どろ》の中にて彼等のためにやさしくひらいた花のおんみ
どんなことでもつぶさに見たおんみ
うつくしいことみにくいこと
おんみはすべてをしりつくした
おんみの仕事はもう何一つ殘つてゐない
晴晴とした心をおもち
自由であれ
寛大であれ
ひとしれずながしながしたなみだによつて
みよ神神《かうがう》しいまで澄んだその瞳
聖母摩利亞のやうな崇高《けだか》さ
おんみは光りかがやいてゐるやうだ
おんみの前では自分の頭はおのづから垂れる
ああ地獄のゆり[#「ゆり」に傍点]よ
おんみの行爲は此の世をきよめた
おんみは人間の重荷をひとりで脊負ひ
人人のかはりをつとめた
それだのに捨てられたのだ
ああ正しい
いたましい地獄の白百合
猫よ
おんみはこれから何處へ行かうとするのか
おんみの道はつきてゐる
おんみの肉體《からだ》は腐りはじめた
大地よ
自分はなんにも言はない
此の接吻《くちつけ》を眞實のためにうけて
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