雨はからりとあがつて
さつぱりした青空にはめづらしい燕が飛んでゐた
荷車の詩
日向に一臺の荷車がある
だれもゐない
ひつそりとしてゐる
木には木の實がまつ青である
荷車はぐつたりとつかれてゐるのだ
そしてどんよりした低氣壓を感じてゐるのだ
路上には濃い紫の木木の影
その重苦しい影をなげだした荷車
歡樂の詩
ひまはりはぐるぐるめぐる
火のやうにぐるぐるめぐる
自分の目も一しよになつてぐるぐるめぐる
自分の目がぐるぐるめぐれば
いよいよはげしく
ひまはりはぐるぐるめぐる
ひまはりがぐるぐるめぐれば
自分の目はまつたく暈み
此の全世界がぐるぐるとめぐりはじめる
ああ!
海の詩
どんよりとした海の感情
砂山にひきあげられた船船
波間でひどく搖られてゐるのもある
はるか遠方の沖から
こちらをさしてむくむくともりあがり
押しよせてくる海の感情
何處《どこ》からくるか
この憂鬱な波のうねりは
そこのしれないふかさをもつて
此の大きな力はよ
ああ海は生きてゐる!
夜晝《よるひる》絶えず
渚にくだける此の波波のすばらしさ
そこにすむ漁夫等を思へ
ザボンの詩
おそろしい嵐の日だ
けれど卓上はしづかである
ザボンが二つ
あひよりそうてゐるそのむつまじさ
何もかたらず
何もかたらないが
それでよいのだ
嵐がひどくなればなるほど
いよいよしづかになるザボン
たがひに光澤《つや》を放つザボン
此處で人間は大きくなるのだ
とつとつと脈うつ大地
その上で農夫はなにかかんがへる
此の脈搏をその鍬尖に感じてゐるか
雨あがり
しつとりとしめつた大地の感觸
あまりに大きな此の幸福
どつしりとからだも太れ
見ろ
なんといふ豐富さだ
此の青青とした穀物畑
このふつくりとした畝畝
このひろびろとしたところで人間は大きくなるのだ
おお脈うち脈うつ大地の健康
大槌で打つやうな美である
郊外にて
赭土の痩せた山ぎはの畑地で
みすぼらしい麥ぼが風に搖られてゐた
わたしはすこし飢ゑてゐる
わたしは何かをもとめてゐる
麥ぼの上をとほつてどこへ行くのか
そよ風よ
みどり濃く色づいた風よ
都會の空をみろ
烟筒の林のしたの街街を
つばめはそのなかをとんでゐる
人人もそこに棲むのをよろこんでゐる
ここにゐてきこえる
あの空に反響する都會の騷擾
そこはまるで海のやうだ
風はそよそよと
麥穗に何をささやくのか
麥ぼは首をふつてゐる
それがさみしい
波だてる麥畑の詩
わたしらを圍繞《とりま》くひろびろとした此の麥畑から
この黄金色した畝畝の間から
私はかうして土だらけの手を君達のかたへとさし伸べる
君達は都會の大煙筒のしたで
終日じつと何をかんがへてゐるのだ
それが此の目にみえるやうだ
ああ大東京の銀座街
そこでもそよ風は華奢にひらひら翻つてゐることか
そのそよ風のもつてゆく生生しい穀物のにほひで
街の店店はみたされたか
すこやかであれ
すこやかであれ
都會は君達のうへにのしかかり
そして君達はくるしんでゐる
それは君達ばかりではない
それだからとてどうなるものか
しつかりしろ
ああ此の波だてる麥畑
わたしらをおもへ
わたしらはこの麥ばたけで
君達のうしろに立つてゐるのだ
君達の前額《ひたひ》をふいてゐるそよ風は私等がここからおくつてゐるのだ
ああ此の豐饒《ゆたか》な麥畑に
ああ此處にあるひばりの巣
その巣に小さな卵があると
私はこの事を君達に――全世界につげなければならない
刈りとられる麥麥の詩
ああ何といふ美しさだ
此のうつくしさは生きてゐる!
みろ
麥畑はすつかりいろづき
ところどころの馬鈴薯《じやがいも》と
蠶豆《そらまめ》と葱と菜つぱと
大きな大きなみはてのつかない此のうつくしさ
一めん黄金《きん》いろに麥は熟れ
刈りとられるのをまつてゐるやうな此のしづかさ
あちらこちらではじまつた麥刈り
あちらこちらから冴えざえときこえる鎌の刃の音
水の迸《はし》るやうな此の音のするどさ
わたしの心は遠いところで歔欷《すすりなき》をやめない
彼女は何をしてゐることか
わたしは彼女のことを思つてゐる
その上に此のひろびろとした畑地の美しさを堆積《つみかさ》ねるのだ
片つ端から刈りとられる麥麥
冴えざえと鋭くきこえる鎌の刃の音
麥もわたしとその音をきいてゐるのか
ゆたかに實のり
ぐつたりと重い穗首を垂れた麥麥
都會にての詩
都會はまるで海のやうだ
大波のよせてはかへす
此の海のやうな煤煙のそこで渦く
千萬の人間の聲聲
よせてはかへす聲の大波
大きな一つの聲となり
うねりくねり
のたうちながらも人間であれ
ああ海のやうな都會よ
その街街家家の軒かげにて
飢ゑながら雀でさへ生き
そこで卵をあたため孵へしてゐるのだ
強くあれ
強くあれ
人間
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