それを考へれば
ああこれは人間以上の人間|業《わざ》だとすぐ解ることだ!
人間は自然を征服した!
今こそ人間は一切の上に立つべきだ
太陽も眩暈《めくる》めくか
ああ人間は自然を征服したか
ああ
けれど人間は悲しい
此の大起重機にその怪力を認めた瞬間から
まつたく憐れな奴隷となつた
そして蟻のやうに小さくなつた
それがどうした
それがどうした
かんかん日の照る地球の一てんに跪坐《ひざまづ》いて此の大怪物を禮拜しろ
ああ此の憂鬱な大起重機の壯麗!
ああ此の憂鬱な大起重機の無言!

  耳をもつ者に聞かせる詩

これが神の意志だ
この力の觸れるところ
すべては碎け
すべて微塵となる
高高とどんな物でもさしあげ、ふりあげる此の腕
そこに此の世界を破壞する憂鬱な力がこもつてゐるのだ
娘つ子はこんな腕でだき緊められろ
人形のやうな目のぱつちりしたあかんぼ[#「あかんぼ」に傍点]に
むくむくと膨くれた乳房が吸はせてみたくはないか
それも神の意志だ
これも神の意志だ
言へ
自分達こそ男と女の神樣なんだと

  人間に與へる詩

そこに太い根がある
これをわすれてゐるからいけないのだ
腕《うで》のやうな枝をひき裂き
葉つぱをふきちらし
頑丈な樹幹《みき》をへし曲げるやうな大風の時ですら
まつ暗な地べたの下で
ぐつと踏張《ふんば》つてゐる根があると思へば何でもないのだ
それでいいのだ
そこに此の壯麗がある
樹木をみろ
大木《たいぼく》をみろ
このどつしりとしたところはどうだ

  わすれられてゐるものについて

君達はひつ提げてゐる
各自《てんで》に槓杆《てこ》よりも立派な腕を
石つころをも碎く拳を
これはまたどうしたものだ
それで人間をとり返へさうとはしないのか
全くそれを忘れてゐる
そして馬鹿だと罵られてゐる
鐵のやうな腕と拳と
金錢《かね》で賣買のできない武器とは此のことだ
それは他人には何の役にも立たない各自のもので
君達に最初さういふ唯一の尊い武器をくだすつたのは神樣だが
それをまるで薪木《たきぎ》にもならないものだと嘲つて棄てさせようとした惡漢《わるもの》は誰だ
だが考へてみれば
馬鹿だと言はれる君達よりも
君達を馬鹿だといふ奴等の方がよつぽど馬鹿なんだ
いまに君達がひつ提げながらも忘れてゐるその腕と拳とをおもひだす時
其時、一人が千人萬人になるんだ
其時、彼奴等《きやつら》は地べたにへたばるんだ
まあいいさ
何もかも神樣がごぞんじでいらつしやることだ
さうして其時、世界が息を吹返すんだ

  寢てゐる人間について

みろ
何といふ立派な骨格だ
そしてこの肉づきは
かうしてすつぱだかで
ごろりとねてゐるところはまるで山だ
すやすやと呼吸するので
からだは山のうねりを打つ
ようくお寢《やす》み
ようくおやすみ
ゆふべの泥醉《ゑひ》がすつかりさめて
ぱつちりと鯨のやうな目があいたら
かんかん日の照るこの大地を
しつかり
しつかり
ふみしめて
またはたらくのだ
ようくおやすみ
おお寢てゐる人間のもつてゐる此の偉大
おおびくともしない此の偉大
それをみてゐると
自《おのづか》らあたまが垂れる

  子どもは泣く

子どもはさかんに泣く
よくなくものだ
これが自然の言葉であるのか
何でもかでも泣くのである
泣け泣け
たんとなけ
もつとなけ
なけなくなるまで泣け
そして泣くだけないてしまふと
からりと晴れた蒼天のやうに
もうにこにこしてゐる子ども
何といふ可愛らしさだ
それがいい
かうしてだんだん大きくなれ
かうしてだんだん大きくなつて
そしてこんどはあべこべに
泣く親達をなだめるのだ
ああ私には眞實に子どものやうに泣けなくなつた
ああ子どもはいい
泣けば泣くほどかはゆくなる

 ※[#ローマ数字4、1−13−24]


  人間の午後

まだそこで
わめきうめいてゐるのか
ヴアヰオリン
何といふ重苦しい日だ
黒黒と吐かれる煤烟
大きなけむだし[#「けむだし」に傍点]の彼方に太陽はおちて行く
此の憂鬱のどん底で
うごめいてゐる生きものに幸あれ
祈祷の一ばんはじめの言葉
主よ、人間のくるしみはひまはり[#「ひまはり」に傍点]よりもうつくしい

  雨の詩

ひろい街なかをとつとつと
なにものかに追ひかけられてでもゐるやうに驅けてゆくひとりの男
それをみてひとびとはみんなわらつた
そんなことには目もくれないで
その男はもう遠くの街角を曲つてみえなくなつた
すると間もなく
大粒の雨がぽつぽつ落ちてきた
いましがたわらつてゐたひとびとは空をみあげて
あわてふためき
或るものは店をかたづけ
或るものは馬を叱り
或るものは尻をまくつて逃げだした
みるみる雨は横ざまに
煙筒も屋根も道路もびつしよりとぬれてしまつた
そしてひとしきり
街がひつそりしづかになると

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