狂亂。鉤をめぐる人魚の唄。色彩のとどめを刺すべく古風な顫律《リヅム》はふかい所にめざめてゐる。靈と肉との表裏ある淡紅色《ときいろ》の窓のがらす[#「がらす」に傍点]にあるかなきかの疵を發見《みつ》けた。(重い頭腦《あたま》の上の水甕をいたはらねばならない)

わたしの騾馬は後方《うしろ》の丘の十字架に繋がれてゐる。そして懶《ものう》くこの日長を所在なさに糧も惜まず鳴いてゐる。


  樂 園

寂光さんさん
泥まみれ豚
ここにかしこに
蛇からみ
秋冴えて
わが瞳《め》の噴水
いちねん
山羊の角とがり。


  發 作

なにかながれる
めをとぢてみよ
おともなくながれるものを
わがふねもともにながれる。


  曼陀羅

このみ
きにうれ

ひねもす
へびにねらはる。

このみ
きんきらり。

いのちのき
かなし。


  かなしさに

かなしさに
なみだかき垂れ
一盞の濁酒ささげん。
秋の日の水晶薫り
餓ゑて知る道のとほきを
おん手の葦
おん足の泥まみれなる。


  岬

岬の光り
岬のしたにむらがる魚ら
岬にみち盡き
そら澄み
岬に立てる一本の指。


  十 月

銀魚はつらつ
ゆびさきの刺|疼《うづ》き
眞實
ひとりなり
山あざやかに
雪近し。


  印 象

むぎのはたけのおそろしさ……
むぎのはたけのおそろしさ
にほひはうれゆくゐんらく
ひつそりとかぜもなし
きけ、ふるびたるまひるのといきを
おもひなやみてびはしたたり
せつがいされたるきんのたいやう
あいはむぎほのひとつびとつに
さみしきかげをとりかこめり。


  持 戒

草木を
信念すれば
雪ふり
百足《むかで》ちぎれば
ゆび光り。


  光

かみのけに
ぞつくり麥穗
滴る額
からだ青空
ひとみに
ひばりの巣を發見《みつ》け。


  氣 稟

鴉は
木に眠り

豆は
莢の中

秋の日の
眞實

丘の畑
きんいろ。


  模 樣

かくぜん
めぢの外
秋澄み
方角
すでに定まり
大藍色天
電線うなる
電線目をつらぬき。


  銘 に

廢園の
一木一草
肉心
磁器
晶玉
天つひかりの手
せんまんの手
その手を
おびえし水に浸し
目あざやか。


  くれがた

くれがたのおそろしさ
くりやのすみの玉葱
ほのぐらきかをりに浸りて
青き芽をあげ
ものなべての罪は
ひき窓の針金をつたはる。

前へ 次へ
全6ページ中4ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
山村 暮鳥 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング