爛せる淫慾の本質に湧く智慧。溺れて、自らの胡弓をわすれよ。わたしの祕密は蕊の中から宇宙を抱いてよろめき伸びあがる、かんばしく。

わたしのさみしさを樹木は知り、壺は傾くのである。そして肩のうしろより低語《ささや》き、なげきは見えざる玩具《おもちや》を愛す。猫の瞳孔《ひとみ》がわたしの映畫《フヰルム》の外で直立し。朦朧なる水晶のよろこび。天をさして螺旋に攀ぢのぼる汚れない妖魔の肌の香。

いたづらな蠱惑が理性の前で額づいた……

何といふ痛める風景だ。何時《いつ》うまれた。どこから來た。粘土の音《ね》と金屬の色とのいづれのかなしき樣式にでも舟の如く泛ぶわたしの神聖な泥溝《どぶ》のなかなる火の祈祷。盲目の翫賞家。自己禮拜。わたしのぴあの[#「ぴあの」に傍点]は裂け、時雨はとほり過ぎてしまつたけれど執着の果實はまだまだ青い。

はるかに燃ゆる直覺。欺むかれて沈む鐘。棺が行く。殺された自我がはじめて自我をうむのだ。棺が行く。音もなく行く。水すましの意識がまはる。

黎明のにほひがする。落葉だ。落葉。惱むいちねん。咽びまつはる欲望に、かつて、祕めた緑の印象をやきすてるのだ。人形も考へろ。掌の平安もおよぎ出せ。かくれたる暗がりに泌み滲み、いのちの凧のうなりがする。歡樂は刹那。蛇は無限。しろがねの弦を斷ち、幸福の矢を折挫いてしくしくきゆぴと[#「きゆぴと」に傍点]が現代的に泣いてゐる。それはさて、わたしは憂愁のはてなき逕をたどり急がう。

おづおづとその瞳《め》をみひらくわたしの死んだ騾馬、わたしを乘せた騾馬――記憶。世界を失ふことだ。それが高貴で淫卑なさろめ[#「さろめ」に傍点]が接吻の場《シイン》となる。そぷらの[#「そぷらの」に傍点]で。すべてそぷらの[#「そぷらの」に傍点]で。殘忍なる蟋蟀は孕み、蝶は衰弱し、水仙はなぐさめなく、歸らぬ鳩は眩ゆきおもひをのみ殘し。

おお、欠伸《あくび》するのはせらぴむ[#「せらぴむ」に傍点]か。黎明が頬に觸れる。わたしのろくでもない計畫の意匠、その周圍をさ迷ふ美のざんげ。微睡の信仰個條《クリイド》。むかしに離れた黒い蛆蟲。鼻から口から眼から臍から這込むきりすと[#「きりすと」に傍点]。藝術の假面。そこで黄金色《きんいろ》に偶像が塗りかへられる。

まつてゐるのは誰。そしてわたしを呼びかへすのは。眼瞼《まぶた》のほとりを匍ふ幽靈のもの言はぬ
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