とおもふ

  おなじく

ああ、もつたいなし
もつたいなし
森閑として
こぼれる松の葉
くもの巣にひつかかつた
その一つ二つよ

  おなじく

ああ、もつたいなし
かうして生きてゐることの
松風よ
まひるの月よ

  おなじく

ああ、もつたいなし
もつたいなし
蟋蟀《きりぎりす》よ
おまへまで
ねむらないで
この夜ふけを
わたしのために啼いてゐてくれるのか

  おなじく

ああ、もつたいなし
もつたいなし
かうして
寢ながらにして
月をみるとは

  おなじく

ああ、もつたいなし
もつたいなし
妻よ
びんばふだからこそ
こんないい月もみられる

  月

ほつかりと
月がでた
丘の上をのつそりのつそり
だれだらう、あるいてゐるぞ

  おなじく

脚《あし》もとも
あたまのうへも
遠い
遠い
月の夜ふけな

  おなじく

一ところ明るいのは
ぼたんであらう
さうだ
ぼたんだ
星の月夜の
夜ふけだつたな

  おなじく

靄深いから
とほいやうな
ちかいやうな
月明りだ
なんの木の花だらう

  おなじく

竹林の
ふかい夜霧だ
遠い野茨のにほひもする
どこかに
あるからだらう
月がよ

  おなじく

月の光にほけたのか
蝉が一つ
まあ、まあ
この松の梢は
花盛りのやうだ

  おなじく

こしまき一つで
だきかかへられて
ごろんと
大《でつ》かい西瓜はうれしかろ
その手もとが
ことさらに
月で明るいやう

  おなじく

月の夜をしよんぼりと
影のはうが
どうみても
ほんものである

  おなじく

漁師三人
三體佛
海にむかつてたつてゐる
なにか
はなしてゐるやうだが
あんまりほのかな月なので
ききとれない

  おなじく

くれがたの庭掃除
それがすむのをまつてゐたのか
すぐうしろに
月は音もなく
のつそりとでてゐた

  西瓜の詩

農家のまひるは
ひつそりと
西瓜のるすばんだ
大《でつ》かい奴がごろんと一つ
座敷のまんなかにころがつてゐる
おい、泥棒がへえるぞ
わたしが西瓜だつたら
どうして噴出さずにゐられたらう

  おなじく

座敷のまんなかに
西瓜が一つ
畑のつもりで
ころがつてる

びんばふだと※[#「口+云」、第3水準1−14−87]《い》ふか

  おなじく

かうして一しよに
裸體《まるはだか》でごろごろ
ねころがつたりしてゐると
おまへもまた
家族のひとりだ
西瓜よ
なんとか言つたらよかんべ

  おなじく

どうも不思議で
たまらない
叩かれると
西瓜め
ぽこぽこといふ

  おなじく

みんな
あつまれ
あつまれ
西瓜をまんなかにして
そのまはりに

さあ、合掌しろ

  おなじく

みんな
あつまれ
あつまれ
そしてぐるりと
輪を描《か》け
いま
眞二つになる西瓜だ

  飴賣爺

あめうり爺さん
ちんから
ちんから
草鞋脚絆で
何といふせはしさうな

  おなじく

朝はやくから
ちんから
ちんから
あめうり爺さん
まさか飴を賣るのに
生まれてきたのでもあるまいが
なぜか、さうばかり
おもはれてならない

  おなじく

あめうり爺さん
あんたはわたしが
七つ八つのそのころも
やつぱり
さうしたとしよりで
鉦《かね》を叩いて
飴を賣つてた

  おなじく

じいつと鉦を聽きながら
あめうり爺さんの
脊中にとまつて
ああ、一塊《ひとかたまり》の蠅は
どこまでついてゆくんだらう

  二たび病牀にて

わたしが病んで
ねてゐると
木の葉がひらり
一まい舞ひこんできた
しばらくみなかつた
森の
椎の葉だつた

  おなじく

わたしが病んで
ねてゐると
蜻蛉《とんぼ》がきてはのぞいてみた
のぞいてみた
朝に夕に
ときどきは晝日中も
きてはのぞいてみていつた

  おなじく

蠅もたくさん
いつものやうにゐるにはゐたが
かうしてやんでねてゐると
一ぴき
一ぴき
馴染のふかい友達である

  椎の葉

自分は森に
この一枚の木の葉を
ひろひにきたのではなかつた
おう、椎の葉である

  ある時

どこだらう
蟇《ひき》ででもあるかな
そら、ぐうぐう
ぐうぐう
ぐうぐう
ほんとにどこだらう
いくら春さきだつて
こんなまつくらな晩ではないか
遠く近く
なあ、なあ、土の聲だのに

  ほそぼそと

ほそぼそと
松の梢にかかるもの
煮炊《にたき》のけむりよ
あさゆふの
かすみである

  こんな老木になつても

こんな老木になつても
春だけはわすれないんだ
御覽よ
まあ、紅梅だよ

  梅

ほのかな
深い宵闇である
どこかに
どこかに
梅の木がある
どうだい
星がこぼれるやうだ
白梅だらうの
どこに
さいてゐるんだらう

  おなじく

おい、そつと
そつと
しづかに
梅の匂ひだ

  おなじく

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