《なか》では赤《あか》い舌《した》をぺろりとだして
「こいつあ、人間《にんげん》のある者《もの》によく似《に》てけつかる。それも善《い》い事《こと》ならいいが、ろくでもねえところなんだから、堪《たま》らねえ」
鴉と田螺
麗《うらら》かな春《はる》の日永《ひなが》を、穴《あな》から這《は》ひだした田螺《たにし》がたんぼで晝寢《ひるね》をしてゐました。それを鴉《からす》がみつけてやつて來《き》ました。海岸《かいがん》で、鳶《とび》と喧嘩《けんくわ》をして負《ま》けたくやしさ、くやしまぎれに物《もの》をもゆはず、飛《と》びをりてきて、いきなり強《つよ》くこつんと一つ突衝《つゝ》きました。
「あ痛《いた》!」
こつん、こつん、こつんとつゞけざまの慘酷《むごたら》しさ。
「いたいよう。ごめんなさいよう」とあげる田螺《たにし》の悲鳴《ひめい》。それを藪《やぶ》にゐた四十|雀《から》がききつけて
「まあ兄《にい》さん、何《なに》をするんです。そんな酷《ひど》い目《め》にあはせるなんて、われもひとも生きもんだ[#「われもひとも生きもんだ」に傍点]、つてこともあるじやありませんか」
すると鴉《からす》が
「なんだと、えツ、やかましいわい。此《こ》のおしやべり小僧《こぞう》め!」
「でもね、われもひとも生きもんだ[#「われもひとも生きもんだ」に傍点]、つてことが……」
「ええ、うるせえ」と云《い》ふよりはやく飛《と》び掛《かゝ》りました。けれど四十|雀《から》はもうどこにも見《み》えません。ちええ。そればかりか、折角《せつかく》のごちさう[#「ごちさう」に傍点]はとみれば、その間《あひだ》に、これはまんまと、穴《あな》へ逃《に》げこんでしまつてゐるのです。そして穴《あな》の口《くち》から頭《あたま》をだして
「おい、ここだよ」
仲善し
馬方《うまかた》と馬方《うまかた》が喧嘩《けんくわ》をはじめました。砂《すな》ツぽこりの大道《だいどう》の地《ぢ》べたで、上《うへ》になつたり下《した》になつたり、まるであんこ[#「あんこ」に傍点]の中《なか》の團子《だんご》のやうに。そして双方《そうほう》とも、泥《どろ》だらけになり、やがて血《ち》までがだらだら流《なが》れ出《だ》しました。
一人《ひとり》の方《ほう》の馬《うま》が「またはじまりましたね」と言《い》ふと
他《ほか》の馬《うま》「ええ。いい見物《みもの》ですよ」
「あれで、これでも萬物《ばんぶつ》の靈長《れいちやう》だなんて威張《ゐば》るんですよ、時々《とき/″\》」
「私達《わたしたち》のことを、ほんとに、畜生《ちくしやう》もないもんだ」
「わたしや、氣《き》が附《つ》かなかつたが一|體《たい》、今日《けふ》のは何《なに》からですね」
「きかねえんですか。のんだ酒《さけ》の勘定《かんじやう》からですよ。去年《きよねん》の盆《ぼん》に一どお前《まへ》におごつたことがあるから、けふのは拂《はら》へと、あののんだくれ[#「のんだくれ」に傍点]の俺《わし》の奴《やつ》が言《ゆ》ふんです。するとあんたの方《はう》も方《はう》ですわねえ。うむ、そんなら貴樣《きさま》がこないだ途中《とちう》で、南京米《なんきんまい》をぬき盗《と》つたのを巡査《じゆんさ》に告《つ》げるがいいかと言《ゆ》ふんです」
「へええ。何《なん》て圖々《づう/″\》しいんでせうね」そうして[#「そうして」は底本では「そうし」と誤記]半《なか》ば獨白《ひとりごと》のやうに「自分《じぶん》でこそ毎日《まいにち》のやうにやつてる癖《くせ》に」
「人間《にんげん》つて、みんなこんなんでせうか」
「さあ」
「それはさうと[#「それはさうと」は底本では「それうさはと」と誤記]なかなか長《なが》いね」
「どうでせう、あの態《ざま》は」
喧嘩《けんくわ》はすぐには止《や》みませんでした。
馬《うま》と馬《うま》は仲善《なかよ》く、鼻《はな》をならべて路傍《みちばた》の草《くさ》を噛《か》みながら、二人《ふたり》が半死半生《はんしはんしやう》で各自《てんで》の荷馬車《にばしや》に這《は》ひあがり、なほ毒舌《どくぐち》を吐《は》きあつて、西《にし》と東《ひがし》へわかれるまで、こんな話《はなし》をしてゐました。
「さようなら」
「では、御機嫌《ごきげん》よう」
それをみてゐた大空《おほぞら》の鳶《とんび》が
「これがほんとに人間《にんげん》以上《いじやう》、馬《うま》以下《いか》つて言《ゆ》ふんだ。ぴいひよろ」と長《なが》いながい欠伸《あくび》をしました。
動物園
動物園《どうぶつゑん》には澤山《たくさん》の動物《どうぶつ》がゐました。
勘察加産《カムチヤツカさん》の白熊《しろくま》がある夏《なつ》の日《ひ》のこと、水《みづ》から上《あが》り、それでも汗《あせ》をだらだら流《なが》しながら
「どうです、象《ぞう》さん。暑《あつ》いぢやありませんか」と聲《こゑ》をかけました。
象《ぞう》が
「えつ、何《なん》ですつて、わしはこれでも寒《さむ》いぐらゐなんだ、熊《くま》さん。いまぢあ、すこし慣《な》れやしたがね、此處《こゝ》へはじめて南洋《なんやう》から來《き》たときあ、まだ殘暑《ざんしよ》の頃《ころ》だつたがそれでも、毎日々々《まいにち/\/\》、ぶるぶる震《ふる》えてゐましただよ」
「へええ」
季節《とき》の推移《うつりかわり》は、やがて冬《ふゆ》となり、雪《ゆき》さえちらちら降《ふ》りはじめました。
ある朝《あさ》、こんどは象《ぞう》が
「熊《くま》さん、どうです、今日《けふ》あたりは。雪《ゆき》の唄《うた》でもうたつておくれ。わしあ、氷《こほり》の塊《かたまり》にでもならなけりやいいがと心配《しんぱい》でなんねえだ」
「折角《せつかく》、お大事《だいじ》になせえよ。俺《おい》らは、これでやつと蘇生《いきかへ》つた譯《わけ》さ。まるで火炮《ひあぶ》りにでもなつてゐるやうだつたんでね」
「ふむむ」
「象《ぞう》さんよ」
「え」
「何《なん》の因果《いんぐわ》だらうね、おたがいに」
「何《なに》がさ」
「何《なに》がつて、こんなところに何《なに》か惡《わる》いことでもした人間《にんげん》のやうに、誰《だれ》をみても、かうして鐵《てつ》の格子《かうし》か、そうでなければ金網《かなあみ》や木柵《もくさく》、石室《いしむろ》、板圍《いたがこい》なんどの中《なか》に閉込《とぢこ》められてさ、その上《うへ》あんたなんかは御丁寧《ごていねい》に年《ねん》が年中《ねんぢう》、足首《あしくび》に重《おも》い鐵鎖《くさり》まで篏《は》められてるんだ」
「熊《くま》さん」
「なんだえ」
「ほんとに情無《なさけね》えよ。わしあ。國《くに》には親兄弟《おやけうだい》もあるんだが、父親《おやぢ》はもう年老《としより》だつたから、死《し》んだかも知《し》れねえ」
「わしもさ、晝間《ひるま》はそれでも見物人《けんぶつにん》にまぎれてわすれてゐるが、夜《よる》はしみじみと考《かんが》えるよ。嬶《かゝあ》や子《こ》ども等《ら》のことを……どうしてゐるかと思《おも》つてね」
仲善《なかよ》しの象《ぞう》と熊《くま》とは、折《をり》ふし、こんな悲《かな》しい話《はなし》をしてはおたがひの身《み》の不幸《ふしあはせ》を嘆《なげ》きました。
他《ほか》の動物《どうぶつ》も、みんな同《おな》じやうに泣《な》いてばかりゐました。實《げ》に、動物園《どうぶつゑん》は動物《どうぶつ》の監獄《かんごく》でありました。
唯《たゞ》、狡猾《ずる》い猿《さる》だけは、こうして毎日《まいにち》何《なん》の仕事《しごと》もなく、ごろごろと惰《なま》けてゐても、それでお腹《なか》も空《す》かさないでゆかれるので、暢氣《のんき》な顏《かほ》をして、人間《にんげん》の子どもらの玩弄品《おもちや》になつて、いつもきやツきやツと騷《さわ》いでゐました。
頬白鳥
ものぐさ百姓《ひゃくせう》がある朝《あさ》、めづらしく早起《はやお》きして、畑《はたけ》で種蒔《たねま》きをしてゐました。それを頬白鳥《ほゝじろ》がみつけて
「おぢさん、今日《こんにち》は」といひました。
百姓《ひゃくせう》はねむそうな眼《め》を上《あ》げてみました。
「おお、誰《だれ》かとおもつたらお前《めえ》かえ。お前《めえ》さんもはやいね」
「え、おぢさん、これが早《はや》いんですつて。わたしはもう百《ひゃく》ぺんも歌《うた》ひましたよ。」[#底本では【」】が欠落]
すこし憤《むつ》とした百姓《ひゃくせう》
「それがどうしたと云《ゆ》ふんだ」
「何《なん》でもありませんよ。たゞね、私《わたし》はおさきへ失禮《しつれい》して、これからお茶《ちや》でも嚥《の》まうとしてるんです」
瓜畑のこと
「しつ! そら來《き》た」
いままで、ごろごろとのんきにころがつて罪《つみ》のない世間話《せけんばなし》をしてゐた瓜《うり》が、一|齊《せい》にぴたりとその話《はなし》をやめて、息《いき》を殺《ころ》しました。みんな、そして眠《ねむ》つた眞擬《ふり》をしてゐました。
お媼《ばあ》さんは、今日《けふ》もうれしさうに畑《はたけ》を見廻《みまは》して甘味《うま》さうに熟《じゆく》した大《おほ》きい奴《やつ》を一つ、庖丁《ほうてう》でちよん切《ぎ》り、さて、さも大事《だいじ》さうにそれを抱《かゝ》えてかえつて行《ゆ》きました。すると、また話《はなし》がひそひそと遠近《をちこち》ではじまりました。
彼方《あちら》で
「なかなか暑《あつ》くなつて來《き》たね」
こちらで
「ええ。そろそろとお互《たがひ》の生命《いのち》もさきが短《みじか》くなるばかりさ」
「何《なに》つ! けふも誰《だれ》か殺《や》られたつて」
どこかで、鼻唄《はなうた》をうたつてゐる者《もの》があります。そうかと思《おも》ふと「誰《だれ》なの、そこでしくしく泣《な》いてゐるのは」
「あんまりくよくよするもんでねえだ」
「ふむ。べら棒《ぼう》め」
「南無阿彌陀佛《なむあみだぶつ》。南無阿彌陀佛《なむあみだぶつ》」
蟹
子蟹《こがに》の這《は》つてゐるのをみてゐた親蟹《おやがに》は苦《にが》い顏《かほ》をして言《い》ひました。
「それはまあ、何《なん》てあるき方《かた》なんだい。みつともない」
「どんなにあるくの」
「眞直《まつすぐ》にさ」
從順《すなほ》な子蟹《こがに》はおしへられたやうに試《こゝろ》みました。けれどどうしても駄目《だめ》でした。で
「あるいてみせておくれよ」
「よし、よし。かうあるくもんだ」
親蟹《おやがに》は歩《ある》きだしました。すると、こんどは子蟹《こがに》が腹《はら》をかかえて噴出《ふきだ》しました。
「それじや矢張《やつぱ》り、横《よこ》だあ」
蛙
お池《いけ》のきれいな藻《も》の中《なか》へ、女蛙《をんなかへる》が子《こ》をうみました。男蛙《をとこかへる》がそれをみて、俺《おれ》のかかあ[#「かかあ」に傍点]は水晶《すいしやう》の玉《たま》をうんだと躍《おど》り上《あが》つて喜《よろこ》びました。
それがだんだんかわつて尾《を》が出《で》てきました。おたまじやくしになつたのです。男蛙《をとこかへる》はそれをみると氣狂《きちが》ひのやうになつて怒《おこ》りだしました。鯰《なまづ》の子《こ》をうんだとおもつたのです。
遂々《とう/\》、變《かわ》りにかわつて、足《あし》ができ、しつぽが切《き》れて、小《ちひ》さいけれど立派《りつぱ》な蛙《かへる》になりました。男蛙《をとこかへる》はしみじみとその子《こ》を眺《なが》めて、なあんだ、どんなに偉《えら》い奴《やつ》がうまれるかと思《おも》つたら、やつぱり普通《あたりまへ》の蛙《かへる》かと、ぶつぶつ愚痴《ぐち》をこぼしました。
(「おとぎの世界」募集[#「募集」は底本では「募募」と誤記]童謠より)
風
「なんてけち[
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