》は行《ゆ》けばわかります。だがね、そいつは生《い》きてるから、近《ちかづ》いたら飛《と》びついて、すぐ噛殺《かみころ》さないと逃《に》げられますよ、よござんすか。では、さよなら」
「どうも有難《ありがた》う、お孃《じやう》さん。いつかお禮《れい》はいたします」
 あくる朝《あさ》のこと。
 農夫《のうふ》が畑《はたけ》にきてみたら、大《おほ》きな土鼠《もぐら》がまんまと捕鼠器《ほそき》に掛《かゝ》つてゐました。


 茶店のばあさん

 崖《がけ》の上《うへ》の觀音樣《くわんのんさま》には茶店《ちやみせ》がありました。密柑《みかん》やたまご[#「たまご」に傍点]、駄菓子《だぐわし》なんどを並《なら》べて、參詣者《おまへりびと》の咽喉《のど》を澁茶《しぶちや》で濕《しめ》させてゐたそのおばあさんは、苦勞《くらう》しぬいて來《き》た人《ひと》でした。
 ある日《ひ》、その店前《みせさき》へ一はの親雀《おやすゞめ》がきて
「いつも子《こ》ども等《ら》がきてはお世話《せわ》になります」
と丁寧《ていねい》にお禮《れい》をのべました。
 おばあさんは不審《ふしん》さうな顏《かほ》をして
「いいえ。私《わたし》じやないでせう」と言《い》つた。それをきいて、側《そば》についてきてゐた子雀《こすゞめ》が「今朝《けさ》もお米《こめ》を頂《いたゞ》いてよ」
「私《わたし》に、そんなおぼえは無《な》い」
 ほそい煙《けむり》こそ立《た》ててゐるが此《こ》のとしより[#「としより」に傍点]は正直《しやうじき》で、それに何《なに》かを决《けつ》して無駄《むだ》にしません。それで、パン屑《くづ》や米粒《こめつぶ》がよく雀《すゞめ》らへのおあいそにもなつたのでした。
 その晩《ばん》のことです。
 こつそりとおばあさんのゆめ[#「ゆめ」に傍点]に雀《すゞめ》がしのびこんで來《き》て、そして遠《とほ》くの遠《とほ》くの竹藪《たけやぶ》の、自分等《じぶんら》の雀《すゞめ》のお宿《やど》につれて行《い》つておばあさんをあつくあつく饗應《もてな》したといふことです。


 烏を嘲ける唄

 雀《すゞめ》が四五|羽《は》で、凉《すゞ》しい樹蔭《こかげ》にあそんでゐると、そこへ烏《からす》がどこからか飛《と》んで來《き》ました。
 そして「何《なに》してゐたんだ」
「お話《はなし》をしてゐたのよ。おもしろいお話《はなし》を」
「ふむむ。それでは一つ聽《き》いてやらうか」
「あんたがしなさいな、何《なに》か」
「俺《おれ》は話《はなし》なんか知《し》らない」
「そんなら……ねえ、唄《うた》つておくれよ、いい聲《こゑ》で」
「唄《うた》か。それも不得手《ふゑて》だ」
「まあ何《なん》にも出來《でき》ないの。ほんとにあんたは鶯《うぐひす》のやうな聲《こゑ》もないし、孔雀《くじやく》のやうな美《うつく》しい翼《はね》ももたないんだね」
 怖《こわ》い目《め》をして烏《からす》がだまりこんだので、雀《すゞめ》らは高《たか》い松《まつ》の木《き》のうへへ逃《に》げながら
からす
からす
廣《ひろ》い世界《せかい》の
にくまれもの
けふも墓場《はかば》で啼《な》いてゐた
かあ、かあ
 それをきくと烏《からす》は噴《ふ》き出《だ》さずにはゐられませんでした。
「へつ、此《こ》の弱蟲《よわむし》! そんなら貴樣《きさま》らには、何《なに》ができる。此《こ》の命知《いのちし》らず奴《め》!」そして肩《かた》をそびやかして睨視《にら》めつけました。
「おれは強《つよ》いぞ」


 石芋

 百|姓《せう》のお上《かみ》さんが河端《かわばた》で芋《いも》を洗《あら》つてをりました。そこを通《とほ》りかけた乞食《こじき》のやうな坊《ぼう》さんがその芋《いも》をみて
「それを十ばかり施興《ほどこ》してください」と頼《たの》みました。「私《わたし》はお腹《なか》が空《す》いてゐるのだ」
 お上《かみ》さんはちらと見上《みあ》げました。けれど腰《こし》も立《た》てませんでした。そして
「駄目々々《だめ/″\/″\》、これは食《た》べられません。石芋《いしいも》です」と、くれるのがいやさに、そう言《ゆ》つて嘘《うそ》を吐《つ》きました。
「はあ、さうですか」
 坊《ぼう》さんは強《し》ひてとも言《ゆ》はず、それなり何處《どこ》へか掻《か》き消《け》すやうにゐなくなりました。芋《いも》がすつかり洗《あら》へたから、それをお上《かみ》さんは家《いへ》にもち歸《かへ》り、そしてお鍋《なべ》に入《い》れて煮《に》ました。しばらくして、もう煮《に》えたらうと一つ取出《とりだ》して囓《かぢ》つてみました。固《かた》い。まるで石《いし》のやうです。も少《すこ》したつて、また取出《とりだ》してみました。矢張《やつぱ》り固《かた》い。いくら煮《に》ても石《いし》のやうで食《た》べられません。お鍋《なべ》から出《だ》して、こんどは火《ひ》で燒《や》いてみました。不相變《あいかはらず》です。いよいよ固《かた》くなるばかりでした。
 遂々《とう/\》、お上《かみ》さんは腹《はら》を立《た》てて、それをすつかり裏《うら》の竹藪《たけやぶ》にすてました。
 すると芋《いも》が
「ざまあみやがれ、慾張《よくばり》めが。俺《おい》らが怒《おこ》つて固《かた》くなると、こんなもんだ」
 その翌日《あくるひ》、こんな噂《うはさ》がぱつと立《た》ちました。昨日《きのふ》の乞食《こじき》のやうなあの坊《ぼう》さんは、あれは今《いま》、生佛《いきぼとけ》といはれてゐるお上人樣《しやうにんさま》だと。
 お上《かみ》さんはぶつたまげてしまひました。けれど「あんなものをあげないで、よかつた」とおもひました。そして裏《うら》の竹藪《たけやぶ》にでてみますと、捨《す》てられたその芋《いも》は青々《あを/\》と芽をふいてゐるではありませんか。


 おやこ

 馬《うま》の母仔《おやこ》が百姓男《ひやくせうをとこ》にひかれて町《まち》へでかけました。母馬《おやうま》は大《おほ》きな荷物《にもつ》をせをつてゐました。
「かあちやん、何處《どこ》さ行《い》ぐの」
「町《まち》へさ」
「なんに行《い》ぐの」
「此《こ》の荷物《にもつ》をもつてよ」
「町《まち》つて、どこ」
「いま行《ゆ》けばわかるがね。おとなしくするんですよ。え」
 やがて町《まち》につきました。仔馬《こうま》は賑《にぎや》かなのにはじめはびつくりしてゐましたが、何《なに》をみても珍《めづら》しい物《もの》ばかりなので、うれしくつてたまりませんでした。
「かあちやん、あれは何《なに》。あのぶうぶうつて驅《か》けて來《く》るのは」[#底本では【」】が欠落]
「あれは自働車《じどうしや》つて言《い》ふものよ」
「そんなら、あれは。そらそこの家《いへ》の軒《のき》にぶら下《さが》つてゐるの」
「あれかい、賣藥《くすり》の看板《かんばん》さ」
「あれは。あのお山《やま》のやうな屋根《やね》は」
「お寺《てら》」
「あのがたがたしてゐる音《をと》は」
「米屋《こめや》で米《こめ》を搗《つ》いてるのさ。機械《きかい》の音《をと》だよ」
「そんなら、あれは……」
「もう知《し》らない。笑《わら》われるから、はやくお出《い》で」
「あああ、あんなものが來《き》た、黒《くれ》え煙《けむ》をふきだして……」
「よ、そらまた」
 母馬《おやうま》は煩《うるさ》さにがつかりして歸路《きろ》につきました。町《まち》はづれまでくると、仔馬《こうま》は急《きふ》に歩《ある》きだしました。はやく家《いへ》へかへつてお乳《ちゝ》をねだらうとおもつて。
「早《はや》くさ、かあちやん。かあちやん、つてば。ぐずぐず道草《みちくさ》ばかり食《た》べてゐて」
けれど憐《あは》れな母馬《おやうま》はもう酷《ひど》く疲《つか》れてゐるのでした。
 月《つき》がでました。
 ほろゑひきげんの百姓男《ひやくせうをとこ》、今《いま》はすつかり善人《ぜんにん》になつて、叱言《こごと》を一つ言《い》ひません。
「あれ、あれ、お家《うち》の灯《あかり》がみへる。もうすぐだよ。母《かあ》ちやん」


 木と木

 老木《らうぼく》
「こんなに年老《としよ》るまで、自分《じぶん》は此《こ》の梢《こづゑ》で、どんなにお前のために雨《あめ》や風《かぜ》をふせぎ、それと戰《たゝか》つたか知《し》れない。そしてお前《まへ》は成長《せいちやう》したんだ」
 若《わか》い木《き》
「それがいまでは唯《たゞ》、日光《につくわう》を遮《さえぎ》るばかりなんだから、やりきれない」


 家鴨の子

 家鴨《あひる》の子《こ》が田圃《たんぼ》であそんでゐると、そこをとほりかかつた雁《がん》が
「おうい、おいらと行《い》がねえか」
「どこへさ」
「む、どこつて、おいらの故郷《こきやう》へよ。おもしろいことが澤山《たんと》あるぜ。それからお美味《いし》いものも――」
「ほんとかえ」
「ほんとだとも」
「そんならつれていつておくれ」
「いいとも、けれど飛《と》べるか」
 家鴨《あひる》に天空《そら》がどうして飛《と》べませう。それども一生懸命《いつしやうけんめい》とびあがらうとして飛《と》んでみたが、どうしても駄目《だめ》なので泣《な》きだし、泣《な》きながら小舎《こや》にかへりました。
 雁《がん》はわらつて行《い》つてしまひました。
 小舎《こや》に歸《かへ》つてからもなほ、大聲《おほごゑ》で泣《な》きながら「おつかあ、おいらは何《なん》で、あの雁《がん》のやうに飛《と》べねえだ。おいらにもあんないい翼《はね》をつけてくんろよ」
 親《おや》あひる[#「あひる」に傍点]はそつぽを向《む》いて聞《きこ》えないふりをしてゐたが、眼《め》には涙《なみだ》が一ぱいでした。
――「都會と田園」より――


 雜魚の祈り

 ながらく旱《ひでり》が續《つゞ》いたので、沼《ぬま》の水《みづ》が涸《か》れさうになつてきました。雜魚《ざこ》どもは心配《しんぱい》して山《やま》の神樣《かみさま》に、雨《あめ》のふるまでの斷食《だんじき》をちかつて、熱心《ねつしん》に祈《いの》りました。
 神樣《かみさま》はその祈《いの》りをきかれたのか。雨《あめ》がふりました。
 沼《ぬま》の干《ひ》てしまはないうちに雨《あめ》はふりましたが、その雨《あめ》のふらないうちに雜魚《ざこ》はみんな餓死《がし》しました。


 森の老木

 お宮《みや》の森《もり》にはたくさんの老木《らうぼく》がありました。大方《おほかた》それは松《まつ》でした。山《やま》の上《うへ》の高《たか》みからあたりを睨望《みをろ》して、そしていつも何《なん》とかかとか口喧《くちやかま》しく言《い》つてゐました。暑《あつ》ければ、暑《あつ》い。寒《さむ》ければ、また寒《さむ》いと。
 小賢《こざか》しい鴉《からす》はそれをよく知《し》つてゐました。それだから、その頭《あたま》や肩《かた》の上《うへ》で、ちよつと翼《はね》を休《やす》めたり。或《あるひ》は一|夜《よ》の宿《やど》をたのまうとでもすると、まづ
「何《なん》て天氣《てんき》でせう。かう毎日々々《まいにち/\/\》、打續《ぶつつゞ》けのお照《て》りと來《き》ちやなんぼなんでもたまつたもんぢやありませんやねえ」
 また、ちやうど雨《あめ》でも降《ふ》つてゐるなら
「困《こま》つた雨《あめ》じやありませんか。これじや膓《はらわた》の中《なか》まで、すつかり、びしよ腐《ぐさ》れですよ」
 老木《らうぼく》はそれを聽《き》くと
「そうだとも、そうだとも。こりや一つ何《なん》とかせにあなるめえ」その癖《くせ》、何《なに》一つ爲《し》たことはないのです。唯《たゞ》、喋舌《しやべ》るばかりです。爲《し》たくも出來《でき》ないんでせう。もう根《ね》が深《ふか》くはりすぎてゐて身動《みうご》きもならないやうになつてしまつてゐるのですもの。
 鴉《からす》は、けれど心《こゝろ》の中
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