の觀念《くわんねん》の目《め》をとぢました。そして二|度《ど》と再《ふたゝ》びひらきませんでした。


 莢の中の豆

 莢《さや》の中《なか》には豆粒《まめつぶ》が五つありました。そして仲《なか》が善《よ》かつたのです。けふもけふとて、むつまじくはなしてゐました。
「もう外《そと》にでる日《ひ》が近《ちか》くなつたやうだね」
「どんなに美《うつく》しいでせう、世界《せかい》は」
「はやくみたいなあ」
「外《そと》にでても、此處《こゝ》で一つの莢《さや》の中《なか》で、かうしてお互《たが》ひに大《おほ》きくなつたことをわすれないで、仲善《なかよ》くしませうね」
「ええ」
 ある日《ひ》の午後《ごゞ》。ぱちツと不思議《ふしぎ》な音《をと》がしました。莢《さや》が裂《さ》けたのです。豆《まめ》は耳《みゝ》をおさえたなり、地《ぢ》べたに轉《ころ》げだしました。
 そしてばらばらになつてしまひました。


 鳩はこたへた

 鳩《はと》はお腹《なか》が空《す》いてゐました。朝《あさ》でした。羽蟲《はむし》を一つみつけるがはやいか、すぐ屋根《やね》から庭《には》へ飛《と》びをりて、それを捕《つか》まえました。
 あはや、嘴《くちばし》が近《ちかづ》かうとすると
 羽蟲《はむし》が
「ちよつと待《ま》つて」と言《い》ひました。
「何《なに》か用《よう》かえ」
「ええ」
「どんな用《よう》だえ。聽《き》いてやるがら言《ゆ》つて見《み》たらよからう」
 羽蟲《はむし》はくるしい爪《つめ》の下《した》で、いひ澁《しぶ》つてゐましたが思《おも》ひ切《き》つて[#「切つて」は底本では「切つ」と誤記]
「あのう……世間《せけん》では、あなたのことを愛《あい》の天使《みつかひ》だの、平和《へいわ》の表徴《シンボル》だのつて言《ゆ》つてゐるんです」
「そして」
「それだのにあなたは今《いま》、何《なん》の罪《つみ》もない私《わたし》の生命《いのち》を取《と》らうとしてゐる」
「それから」
「それは無法《むほふ》といふものです」
「なるほど、或《あるひ》はそうかも知《し》れない。けれど自分《じぶん》は飢《う》えてゐる。それだから食《た》べる。これは自然《しぜん》だ、また權利《けんり》だ」
「えつ!」
「何《なに》もそんなにおどろくことはない。それが萬物《ばんぶつ》の生《い》きてゐる證據《しやうこ》さ」


 口喧嘩

 南瓜《かぼちや》と甜瓜《まくはうり》と、おなじ畑《はたけ》にそだちました。種子《たね》を蒔《ま》かれるのも一しよでした。それでゐて大《たい》へん仲《なか》が惡《わる》かつたのです。
 おたがひに日《ひ》に々々|大《おほ》きく、いまは人間《にんげん》の眼《め》をひくほどになりました。
 或《あ》る日《ひ》、おてんば娘《むすめ》の甜瓜《まくはうり》が、かぼちや[#「かぼちや」に傍点]に毒舌《どくぐち》を吐《つ》きました。
「よお。おむかうの菊石《あばた》顏《づら》の若《わか》だんな。おほゝゝゝ。なにをそんなにお欝《ふさ》ぎなの、大抵《たいてい》で諦《あきら》めなさいよう。いくらかんがえたつて、みつともない。第《だい》一そのお面《めん》ぢやはじまらないんだから」
 それをきいたかぼちや[#「かぼちや」に傍点]の怒《をこ》つたの怒《をこ》らないのつて、石《いし》のやうな拳固《げんこ》をふりあげて飛《と》び懸《かか》らうとしましたが、蔓《つる》が足《あし》にひつ絡《から》まつてゐて動《うご》かれない。くやしさに鬼《をに》のやうな顏《かほ》がいよいよ鬼《をに》のやうに醜《みにく》く、まつ赤《か》になりました。ぶるぶると身震《みぶる》ひしながら「うむむ、うむむ」と何《なに》か言《い》はうとしても言《い》へないで悶《もだ》えてゐました。
 そして漸《やつ》と
「いまだからそんな口《くち》もきけるんだ。此《こ》の尼《あま》つちよめ!……貴樣《きさま》が花《はな》だつた時分《じぶん》ときたらな……どうだい、あの吝嗇《けち》くせえ小《ちつ》ぽけな、消《け》えてなくなりさうな花《はな》がさ。それでも俺《おい》らは何《んない》とも言ひやしなかつた……自分《じぶん》のことは棚《たな》に上《あ》げたなり忘《わす》れてしまつて。お前《めえ》はあれでも耻《はづか》しいとも何《なん》とも思《おも》つてはゐなかつたのか」とどもり吃《ども》り、つぎはぎだらけの仕返《しかえ》しをして、ほつと呼吸《いき》をつきました。
 甜瓜《まくはうり》は葉《は》つぱのかげで、その間《あひだ》、絶《た》えずくすくす笑《わら》つてゐました。
 けれども南瓜《かぼちや》はくやしくつて、くやしくつて、たまらず、その晩《ばん》、みんなの寢靜《ねじづ》まるのを待《ま》つて、地《ぢ》べたに頬《ほつぺた》をすりつけて、造物《つくり》主《ぬし》の神樣《かみさま》をうらんで男泣《をとこな》きに泣《な》きました。


 機織蟲

 蟲《むし》の中《なか》でもばつた[#「ばつた」に傍点]は賢《かしこ》い蟲《むし》でした。この頃《ごろ》は、日《ひ》がな一|日《にち》月《つき》のよい晩《ばん》などは、その月《つき》や星《ほし》のひかりをたよりに夜露《よつゆ》のとつぷりをりる夜闌《よふけ》まで、母娘《おやこ》でせつせと機《はた》を織《を》つてゐました。
 母《はゝ》は親《おや》だけに、叮嚀《ていねい》に
「ギーイコ、バツタリ」と織《を》つてをりますが、性急《せつかち》な娘《むすめ》つ子《こ》は、
「ギツチヨン。ギツチヨン。ギ、ギツチヨン」とそれはそれは大《たい》へん忙《せわ》しそうなのです。
 野《の》は桔梗《ききやう》、女郎花《をみなへし》のさきみだれた美《うつく》しい世界《せかい》です。その草《くさ》の葉《は》つぱのかげで
「ギーイコ、バツタリ」
「ギツチヨン。ギツチヨン」
 ある時《とき》、そこへ森《もり》の方《はう》から、とぼとぼと腹這《はらば》ふばかりに一ぴきの※[#「※」は「虫へん+車」、32−4]《かな/\》があるいてきました。翅《はね》などはもうぼろぼろになつて飛《と》べるどころではありません。
 機織蟲《ばつた》をみかけると
「毎日《まいにち》、毎日《まいにち》よくまあ、お稼《かせ》ぎですこと」と言《い》ひました。
「はい、仲々《なか/\》埒《らち》があきません。[#「あきません。」は底本では「あきまん。」と誤記]もう、遠《とほ》くの山々《やま/\》は雪《ゆき》がふつたつていひますのに」
「まあ! めつきり朝夕《あさゆう》が冷《つめた》くなりましてね」
「あなたは、もう冬《ふゆ》の準備《おしたく》は」
「その冬《ふゆ》の來《こ》ないうちに蟻《あり》どののお世話《せわ》にならなきやなりますまい」
「え、そんなことが……」
「さあ、なければないのが不思議《ふしぎ》なのです。おやおやお日樣《ひさま》も山《やま》がけへ隠《かく》れた。ではお早《はや》くおしまひになさいまし」
 陸稻《をかぼ》畠《ばたけ》の畔道《あぜみち》を、ごほんごほんと咳入《せきい》りながら、※[#「※」は「虫へん+車」、33−7]《かな/\》はどこへゆくのでせう。金泥《きんでい》を空《そら》にながして彩《いろど》つた眞夏《まなつ》のその壯麗《そうれい》なる夕照《ゆうせふ》に對《たい》してこころゆくまで、銀鈴《ぎんれい》の聲《こゑ》を振《ふ》りしぼつて唄《うた》ひつづけた獨唱《ソロ》の名手《めいしゅ》、天《そら》飛《と》ぶ鳥《とり》も翼《はね》をとどめてその耳《みゝ》を傾《かたむ》けた、ああ、これがかの夕日《ゆうひ》の森《もり》に名高《なだか》く、齢《とし》若《わか》き閨秀《をんな》樂師《がくし》のなれの果《はて》であらうとは!
 母娘《おやこ》は顏《かほ》をみあはせましたが、寂《さび》しさうにその何方《どちら》からも何《なん》とも言《ゆ》はず、そして※[#「※」は「虫へん+車」、34−4]《かな/\》のうしろ姿《すがた》がすつかり見《み》えなくなると、またせつせと側目《わきめ》もふらずに織《を》り出《だ》しました。
「ギーイコ、バツタリ」
「ギツチヨン。ギツチヨン」[#「ギツチヨン」」は底本では「ギツチチン」」と誤記]


 鸚鵡

 あるところに手《て》くせ[#「くせ」に傍点]の惡《わる》い夫婦《ふうふ》がありました。それでも子《こ》どもがないので、一|羽《は》の鸚鵡《あふむ》を子《こ》どものやうに可愛《かあい》がつてをりました。
 鸚鵡《あふむ》が人間《にんげん》の口眞擬《くちまね》をするのは、どなたもよくしつてをります。
 誰《だれ》か
「お早《はや》う」といへば、鳥《とり》もまた
「おはやう」と言《い》ひます。
 それから夜《よる》になつて灯《あかり》が點《つ》いて「おやすみなさい」ときくと、おなじやうに
「おやすみなさい」と喋舌《しゃべ》ります。
 ほんとに鸚鵡《あふむ》は愛嬌者《あいきやうもの》です。
 そこの家《いへ》にお客樣《きやくさま》がきました。すると鸚鵡《あふむ》が
「あんたは白瓜《しろうり》一|本《ぽん》、それつきり」といひました。お客樣《きやくさま》が
「え」と聽《き》きかへすと
「妾《わたし》はそれでも反物《たんもの》三|反《だん》」
 何《なに》が何《なん》だかさつぱり解《わか》りません。そこへお茶《ちや》を持《も》つてでてきたお上《かみ》さんにそのことを話《はな》すと
「ええ、昨晩《ゆうべ》、盗賊《どろぼう》にとられた物《もの》のことを言《ゆ》つてるのでせう」
 お客樣《きやくさま》がかへると
「お前《まえ》は、何《なん》て馬鹿《ばか》だらう。うつかり秘密話《ないしよばなし》もできやしない」と、大《たい》へん叱《しか》られました。鸚鵡《あふむ》は叱《しか》られてどぎまぎしました。多分《たぶん》、口《くち》まねが拙手《へた》なので、だらうとおもひまして、それからと言《い》ふものは滅茶苦茶《めちやくちや》にしやべり續《つゞ》けました。叱《しか》られれば叱《しか》られるほどしやべりました。
「ええ、ゆふべ、泥棒《どろぼう》……何《なん》て馬鹿《ばか》だろ……白瓜《しろうり》一|本《ぽん》、反物《たんもの》三だん……うつかり秘密話《ないしよばなし》もできやしない」
 夫婦《ふうふ》は困《こま》つてしまひました。そして、鳥屋《とりや》へもつて行《い》つて賣《う》りました、けれどそれが運《うん》の盡《つ》きでした。その嘴《くち》からの言葉《ことば》で、とうとう二人《ふたり》は捕《つかま》つて、暗《くら》い暗《くら》い牢獄《ろうごく》のなかへ投《な》げこまれました。


 土鼠の死

 土鼠《もぐら》が土《つち》の中《なか》をもくもく掘《ほ》つて行《ゆ》きますと、こつりと鼻頭《はながしら》を打《ぶ》ツつけました。うまいぞ。それが何《なん》だかよく見《み》もしないで、仲間《なかま》に氣《き》づかれないやうに、そのまま、そつと砂《すな》をかけて、知《し》らない顏《かほ》をして引《ひ》き返《か》えしました。あとで來《き》て、獨《ひと》りでそれを食《た》べやうとおもつて。
 途中《とちう》で友《とも》だちに逢《あ》ひました。
「どうしたんだ」
「む、大《おほ》きな木《き》の根《ね》つこで行《ゆ》かれやしない、駄目《だめ》だ」
 夜《よる》になりました。こつそりでかけました。そして見《み》て驚《おどろ》きました。「[#【「】は原文では【」】と誤記、43−10]なあんだ。こりや石《いし》じやないか。ちえツ、馬鹿々々《ばか/″\/″\》しい」
 そこへ、するすると意地《いぢ》の惡《わる》い蚯蚓《みゝず》が匍《は》ひだしてきました。
「何《なん》ぼ何《なん》でも石《いし》は喰《く》はれませんよ。晩餉《ごはん》はまだなんですか。そんならおしへて上《あ》げませう。此處《こゝ》を左《ひだり》へ曲《まが》つて、それから右《みぎ》に折《を》れて、すこし、あんたと昨日《きなふ》あつた路《みち》のあの交叉點《よつかど》です。品物《しなもの
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