戸や所々《ところどころ》と人の入った様な形跡《あと》を尋ねてみたが、何《いず》れも皆固く閉《とざ》されていたのでその迹方《あとかた》もない、彼自ら実は少し薄気味悪くなり出したが、女子供に云うべき事でもないので家人へは一言《いちごん》も云わずにいた。その後《のち》幸《さいわ》い一《ひ》と月《つき》ばかりは何の変事も起《おこ》らなかった、がさすがにその当座は夜分便所に行く事だけは出来なかった、そのうち時日《じじつ》も経《た》ったし職務上|種々《しゅじゅ》な事があったので、彼はいつしかそんな事も忘れていた、が、またそれは十月の初旬《はじめ》の頃であった、もう秋の風が肌に寒い頃だったがふと或《ある》晩、彼は矢張《やはり》一時頃に便所へ行きたくなったので手燭《てしょく》をつけて行った、しかしその時は一切《いっさい》以前の出来事は忘れていた。同様《おなじよう》に手燭《てしょく》を外に置いて内へ入って蹲踞《しゃが》んでいながら、思わず前の円窓《まるまど》を見て、フト一ヶ月ばかり前に見た怪しき老婆を思出《おもいだ》した、さあ気味が悪くなって堪《たま》らないが、うんと度胸を据えて今夜はもし出たら一つよく
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