たしても畜生がと、大層《たいそう》立腹せしに驚き秀調その訳を訊ねしに、こは当楼の後ろの大薮に数年《すねん》住《すん》でいる狸の所為《しわざ》にて、毎度この術《て》で高味《うまい》ものをして[#「して」に白丸傍点]やらるると聞き、始めて化《ばか》されたと気が付《つい》て、果《はて》は大笑いをしたが、化物《ばけもの》と直接応対したのは、自分|斗《ばか》りであろうと、誇乎《ほこりか》に語りしも可笑《おか》し。

◎維新少し前の事だ、重罪犯の夫婦が伝馬町《でんまちょう》の牢内へはいった事がある、素《もと》より男牢と女牢とは別々であるが、或《ある》夜女牢の方に眠りいたる女房の元へ夢の如く、亭主が姿を現わし、自個《おれ》も近々《ちかぢか》年が明くから、草鞋《わらじ》を算段してくれと云う、女房不審に思ううち、夢が消《きえ》てしまった、大方夫婦の情で案じているから、こんな夢を見るのだろうと思いおりしに、翌晩から同じ刻限に三晩続け、殊《こと》に最後の夜の如きは、愚痴ッぽい事を云《いっ》て消失《きえ》た、あまり不思議だから女房は翌日、牢番に次第を物語った、すると死刑になる囚人には、折々ある事だ願ってみろと
前へ 次へ
全18ページ中8ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
関根 黙庵 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング