ランドの聖《セント》パトリツクでないことは門《かど》ちがひみたいだけれど、大むかしはどこの国でも蛇が人間の大敵であつたと見える。
後世になつてアイルランドの伝説には蛇でなく妖精《フエヤリイ》が出てくるやうになり、お話はだんだん殺伐でなくなつた。人間も殖えて強くなつたのであらう。
わが国の蛇の話も、はじめの方のは大きい。素戔嗚の尊が稲田姫を八岐《やまた》の大蛇《おろち》から救つた話はどこの国にもありさうな伝説である。その大蛇は頭と尾がおのおの八つあり、背中には松や柏が生へて体ぜんたいの長さが八丘《やおか》八谷《やたに》に這ひ渡つたといふから、相当の長さであつたと思はれる。ほんとうにそんな大きい物ならば稲田姫のおとうさんの家なぞにはいり込むことは出来なかつたらう、それが伝説なのである。
崇神天皇の御代、倭迹迹姫《やまととどひめ》の夫となつた大物主の神は或るとき姫の櫛ばこの中に隠れた。あけがたに姫が櫛ばこを開けてみると、にしき色に光る小さい小さい蛇がゐたといふ、これはすぐれて聡明な人間のむすめと神とのあひだの悲劇で、日本書紀も姫に同情してゐるやうに読まれる。
仁徳天皇の御代、北方の蝦
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