の身となつて後ふたたびアイルランドに渡つてキリストの道を伝へたといふ事である。キリスト紀元五世紀ごろのこと、波にかこまれた島国は森と山と野はらと沼ばかりで住む人はすくなく、至るところに蛇がのさばつて、大きい蛇小さい蛇、中蛇、おろちの類までこの国を住家にしてゐた。聖者は一人の弟子と共にいろいろな困難と戦ひながら休むひまなく西に東に伝道してゐる時のこと、或る山かげのせまい道を通りかかると、道に蛇が寝てゐたが、めづらしくもないので弟子は跨いで通つた。蛇は忽ちをどり上がつて弟子を喰ひ殺してしまつた。聖者は、聖者といへども人間だから、この時までうつかり歩いてゐたのだつたが、大事な弟子を眼前に喰はれて、大いに怒つて「けしからん蛇のやつ! 退れ、退れ、汝のともがら、永久に消滅せよ」と叱りつけた。その殺人蛇はその時いそいでするすると消えてしまつたが、あらゆる蛇どもがこの時をきつかけに段々どこかに移転して行つたらしく、アイルランドはいつの間にか蛇の島ではなくなつた。むろん聖者の伝道のおかげでもあつたらう。(キリスト教と蛇とは仲がよくない)ドラゴンを踏まへてゐるのはイギリスの聖《セント》ジヨージで、アイル
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