なつかしみ一夜|宿《ね》にける
「春の苑《その》くれなゐ匂ふ桃の花した照る道にいで立つをとめ
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 これは青と紅、うす紅、紫である。霞でさへも白くはない、うす紫であらうか、草を焼く煙も純粋に白ではない。すべて柔かい、暖い春の色である。日本には椿と桃より濃い色の春の花はなかつたやうに思はれる。
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「ほととぎすそのかみ山の旅にしてほの語らひし空ぞ忘れぬ
「卯の花の咲ける垣根に時ならで我が如ぞ鳴く鶯の声
「朝《あした》咲き夕《ゆふべ》は消ぬる鴨頭草《つきくさ》の消《け》ぬべき恋も吾はするかも
「住吉《すみのえ》の浅沢小野の杜若衣に摺り着けきむ日知らずも
「妹として二人作りし吾が山斎《しま》は木高く繁くなりにけるかも
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 ほととぎすが鳴いた山の旅では、夏山の青い色ばかりではない、ほのかに話をしてゐた時、空は夕ばえの紅《べに》であつたらうか? あるひは空のしらみ明けてゆく暁ごろのうすいピンクであつたらうか? 月の光もなく夜の暗さも見えないから、夜ではないと思ふ。卯の花は白く、鴨頭草《つきくさ》は青く、かきつばたはうすい紫、あるひ
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