ぶん武蔵野も北寄りのこの辺はさういふ山の木があるに違ひないけれど、私はまだ見てゐない。むろん食べたこともないが、夏山のうつくしい香りがしてほんのりにがいもので、胡麻あへにするとおいしいさうである。うこぎのやうににがみはないが、くこの葉も好いにほひがして、まぜ御飯にするとおいしい。これは醤油でなく塩味だと白と青の色がきれいに見える。むかし私が生まれて育つた麻布の家の北向きの崖には垣根といふほどでなく、くこ[#「くこ」に傍点]の灌木がいつぱい繁つてゐて、夕御飯のためにみんなで摘んだのを今も愉しくおもひ出す。赤い実がきれいであつたが、どんな味がしたか覚えてゐない。
 山うども清々しい苦みがあつて山の香りが強い。おいしい煮物であり、和へものでもあるが、畑のものは山うどのやうに細かな濃厚な味がない。朝の食事にパンをたべる人がうどを皮をむいてタテに割つて生のまま塩をつけて食べる時ほんとうに春の味がするといふ。うどに生椎茸とむつの子のうま煮を白い白い御飯と食べたのは春や昔のことである。
 山の草や野菜ではないけれど、毎日いただくお茶は香りとにがみを頂くのである。おうす[#「うす」に傍点]にしろお濃い
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