制服は学生とのみ、きまりてゐたりし故、敝衣《へいい》も更に賤《いや》しからず、かへつて物に頓着せぬ心掛殊勝に見えしが、今日にては塵にまみれし制服着て電車に乗れば車掌としか見受けられず。学生の奢侈《しゃし》となりしも道理なり。
○到る処金ボタン立襟の制服目につくは世を挙げて、陸軍かぶれのした証拠なり。何となく独逸《ドイツ》国にゐるやうな心地にてわれらには甚《はなはだ》閉口なる世のさまといふべし。
○夏となればまた制服ならぬ一種の制服目につくなり。銀行会社は重役|頭取《とうどり》より下は薄給の臨時雇のものに至るまで申合せたるやうに白き立襟の洋服を着《き》手に扇子《せんす》をパチクリさせるなり。保険会社の勧誘員新聞記者また広告取なぞもこれに傚《なら》ふ。日比谷辺より銀座丸内一帯は上海《シャンハイ》香港《ホンコン》の如き植民地のやうになるなり。
○日本人は洋服着ながら扇子を携へ持ち、人と対談中も絶間なくパチクリ音をさせる。但しこれを見て別に怪しむ者もなきが如し。これ日本当代特異の風習なり。西洋にては男子は寒暄《かんけん》にかかはらず扇子を手にすることなし。扇子は婦人の形容に携ふるものたる事なほ
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