を不知火《しらぬい》のように輝《かがやか》していた。屋根を越しては、廟の前なる平地が湖水の面《おもて》のように何ともいえぬほど平かに静に見えた。二重にも三重にも建て廻《めぐ》らされた正方形なる玉垣の姿と、並んだ石燈籠の直立した形と左右に相対して立つ御手洗《みたらし》の石の柱の整列とは、いずれも幽暗なる月の光の中に、浮立つばかりその輪郭を鋭くさせていたので、もし誇張していえば、自分は凡て目に見る線のシンメトリイからは一所《いっしょ》になって、或る音響が発するようにも思うのであった。しかしこの音楽はワグネルの組織ともドビュッシイの法式とも全く異ってその土地に生れたものの心にのみ、その土地の形象が秘密に伝える特種の芸術の囁《ささや》きともいうべきであったろう。
已に半世紀近き以前一種の政治的革命が東叡山《とうえいざん》の大伽藍《だいがらん》を灰燼《かいじん》となしてしまった。それ以来新しくこの都に建設せられた新しい文明は、汽車と電車と製造揚《せいぞうば》を造った代り、建築と称する大なる国民的芸術を全く滅してしまった。そして一刻一刻、時間の進むごとに、われらの祖国をしてアングロサキソン人種の
前へ
次へ
全17ページ中15ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
永井 荷風 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング