殖民地であるような外観を呈せしめる。古くして美しきものは見る見る滅びて行き新しくして好きものはいまだその芽を吹くに至らない。丁度焼跡の荒地《あれち》に建つ仮小屋の間を彷徨《さまよ》うような、明治の都市の一隅において、われわれがただ僅か、壮麗なる過去の面影に接し得るのは、この霊廟、この廃址《はいし》ばかりではないか。
 過去を重んぜよ。過去は常に未来を生む神秘の泉である。迷える現在の道を照す燈火《とうか》である。われらをして、まずこの神聖なる過去の霊場より、不体裁《ふていさい》なる種々の記念碑、醜悪なる銅像等凡て新しき時代が建設したる劣等にして不真面目なる美術を駆逐し、そしてわれらをして永久に祖先の残した偉大なる芸術にのみ恍惚《こうこつ》たらしめよ。自分は断言する。われらの将来はわれらの過去を除いて何処《いずこ》に頼るべき途《みち》があろう。
[#地から2字上げ]明治四十三年六月



底本:「荷風随筆集(上)」岩波文庫、岩波書店
   1986(昭和61)年9月16日第1刷発行
   2006(平成18)年11月6日第27刷発行
底本の親本:「荷風随筆 一〜五」岩波書店
   1981
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