れわれは今日《こんにち》春の日の麗《うるわ》しい自然美を歌おうとするに、どういう訳で殊更《ことさら》ダリヤと菫《すみれ》の花とを手折《たお》って来なければならなかったのであろう。
朱塗の玉垣のほとりには敷石に添うて幾株の松や梅が植えられてある。これらの植物の曲って地に垂れたその枝振りと、岩のようにごつごつして苔に蔽われた古い幹との形は、日本画にのみ見出される線の筆力を想像せしめる。並んだ石燈籠の蔭や敷石の上にまるで造花《つくりばな》としか見えぬ椿の花の落ち散っている有様は、極めて写実的ならざる光琳派《こうりんは》の色彩を思わしめる。互いに異なる風土からは互いに異なる芸術が発生するのは当然の事であろう。そして、この風土|特種《とくしゅ》の感情を遺憾なく発揮する処に、凡《すべ》ての大《だい》なる芸術の尽きない生命が含まれるのではあるまいか。
雪の降る最中、自分はいつものように霊廟を訪《たず》ねた事があった。屋根に積った真白な雪の間から、軒裏《のきうら》を飾る彫刻の色彩の驚くばかり美しく浮上っていた事と、漆塗の黒い門の扉を後《うしろ》にして落花のように柔かく雪の降って来る有様と、それらは
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