ない事情を繰返し繰返して嘆いていなければならぬのであろう。
 われわれは已《すで》に今日となっては、いかに美しいからとて、昔の夢をそのままわれらの目の前に呼返そうと思ってはおらぬ。しかしながら文学美術工芸よりして日常一般の風俗流行に至るまで、新しき時代が促《うなが》しつくらしめる凡《すべ》てのものが過去に比較して劣るとも優っておらぬかぎり、われわれは丁度かの沈滞せる英国の画界を覚醒したロセッチ一派の如く、理想の目標を遠い過去に求める必要がありはせまいか。
 自分は次第に激しく、自分の生きつつある時代に対して絶望と憤怒《ふんぬ》とを感ずるに従って、ますます深く松の木蔭《こかげ》に声もなく居眠っている過去の殿堂を崇拝せねばならぬ。
 欄間や柱の彫刻、天井や壁の絵画を一ツ一ツに眺めよう。
 自分はここにわれらの祖先が数限りなく創造した東洋固有の芸術に逢着する。松、竹、梅、桜、蓮、牡丹《ぼたん》の如き植物と、鶴、亀、鳩、獅子、犬、象、竜の如き動物と、渦巻く雲、逆巻く波の如き自然の現象とは、いずれも一種不思議な意匠によって勇ましくも写実の規定から超越して巧みに模様化せられ、理想化せられてある。わ
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