廊に参列して礼拝《らいはい》の式をなした。かく説明する僧侶の音声は(言語の意味からではない。)如何によく過去の時代の壮麗なる式場の光景を眼前に髣髴《ほうふつ》たらしめるであろうか。
 自分は厳《おごそ》かなる唐獅子の壁画に添うて、幾個《いくつ》となく並べられた古い経机《きょうづくえ》を見ると共に、金襴《きんらん》の袈裟《けさ》をかがやかす僧侶の列をありありと目に浮《うか》べる。拝殿の畳の上に据え置かれた太鼓と鐘と鼓とからは宗教的音楽の重々しく響出《ひびきで》るのを聞き得るようにも思う。また振返って階段の下なる敷石を隔てて網目のように透彫《すきぼり》のしてある朱塗の玉垣と整列した柱の形を望めば、ここに居並んだ諸国の大名の威儀ある服装と、秀麗なる貴族的容貌とを想像する。そして自分は比較する気もなく、不体裁《ふていさい》なる洋服を着た貴族院議員が日比谷の議場に集合する光景に思い至らねばならぬ。
 これにつけてもわれわれはかのアングロサキソン人種が齎《もたら》した散文的実利的な文明に基《もとづ》いて、没趣味なる薩長人の経営した明治の新時代に対して、幾度《いくたび》幾年間、時勢の変遷と称する余儀
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