画版《カンバス》はあまりに狭く自分の目の前にひろがっている世界はあまりに荘重美麗である。自分はただ断片的なる感想を断片的に記述する事を以て足れりとせねばならぬ。
われわれ過渡期の芸術家が一度《ひとた》びこの霊廟の内部に進入って感ずるのは、玉垣の外なる明治時代の乱雑と玉垣の内なる秩序の世界の相違である。先ず案内の僧侶に導かれるまま、手摺《てず》れた古い漆塗りの廻廊を過ぎ、階段を後《うしろ》にして拝殿の堅い畳の上に坐って、正面の奥|遥《はるか》には、金光燦爛《きんこうさんらん》たる神壇、近く前方の右と左には金地《きんじ》に唐獅子《からしし》の壁画、四方の欄間には百種百様の花鳥と波浪の彫刻を望み、金箔の円柱に支えられた網代形《あじろがた》の高い天井を仰ぎ見よ。そして広大なるこの別天地の幽邃《ゆうすい》なる光線と暗然たる色彩と冷静なる空気とに何か知ら心の奥深く、騒《さわが》しい他の場所には決して味われぬ或る感情を誘い出される時、この霊廟の来歴を説明する僧侶のあたかも読経《どきょう》するような低い無表情の声を聞け。――昔は十万石以上の大名がこの殿上に居並《いなら》び、十万石以下の大名は外なる廻
前へ
次へ
全17ページ中10ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
永井 荷風 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング