る人間が一切の欲望、幸福、快楽の象徴なるが如く映じ申候。同時にこれ人間が神の意志に戻《もと》り、自然の法則に反抗する力ある事を示すものと思はれ候。人間を夜の暗さより救ひ、死の眠りより覚《さま》すものはこの燈火に候。燈火は人の造りたる太陽ならずや、神を嘲《あざけ》りて知識に誇る罪の花に侯はずや。
 さればこの光を得、この光に照されたる世界は魔の世界に候。醜行《しうかう》の婦女もこの光によりて貞操の妻、徳行の処女よりも美しく見え、盗賊の面《おもて》も救世主の如く悲壮に、放蕩児《ほうたうじ》の姿も王侯の如くに気高《けだか》く相成り候。神の栄《さか》え霊魂の不滅を歌ひ得ざる堕落の詩人は、この光によりて初めて罪と暗黒の美を見出《みいだ》し候。ボードレールが一句、

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Voice le soir chermant, ami du criminel;
〔Il vient comme un complice, a` pas de loup; le ciel〕
〔Se ferme lentement comme une grande alco^ve,〕
〔Et l'homme im
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