眼を、ひたすら、君が衣服につゝまれし形体のいみじさに移らしめぬ。肩より腰、かゝるいみじき肉の誇りは、飢に追はれ餌につかれし世の常の遊び女には見得べからず、幸《さち》ありしよ、われは。われは先取の権を得ばやと、狼の如く君が立去る後に従ひぬ。君が姿は廻廊を後に、暗く狭き楽屋の戸口に消えぬ。そこには大道具の書割をつみたる荷馬車ありき。お※[#二の字点、1−2−22]、ローザ、トリアニ!
 われは初めて、こゝに君がフランスの芸壇に出るアルチストなる事を悟りぬ。及びもつかぬわが望みの果敢《はかな》さを悲しみぬ。ワルキールの夜には、(ワグナーのかたくなゝる事よ)舞踏《バレー》なければ、われは徒に、ソプラノの姿より数多き女戦士の一人一人を見まもりぬ。フオーストの夜に至りて、われは漸く君を見出し得たり。四幕目、誘惑《いざない》の魔の岩屋にて、目くるめく遊仙窟の舞台、妙《たへ》なる楽の音につれて現れ出し時、君は、明き灯の下に、あまた居並び、横りたる妖女の頭に立ち給ひき。君は透見《すきみ》ゆる霞の如き薄紗《うすもの》の下に肉色したる肌着《マイヨ》をつけ給ひたれば、君が二の腕、太腿の、何処《いづく》のあたり
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